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『野球小僧』編集部アンケート

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過去のアンケート内容とその結果

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2009-09-30

【野球写真館】vol.249 糸島高校・佐田聡一郎!

 07年5月2日のブログ記事(http://kozo.weblogs.jp/kozo/2007/05/vol189_4b7a.html)から突然復活した「野球写真館」。もとは『野球小僧』公式HPhttp://www.byakuya-shobo.co.jp/kozo/)でひっそり更新されていたコーナーです。

 編集部写真担当“撮っとこイノ太郎”が、『野球小僧』のドラフト候補選手名鑑やスカウティングレポート用に撮り歩いた写真を紹介します。

vol.249 糸島高校・佐田聡一郎! Sata_itoshima_2   

 好評発売中の『野球小僧』10月号に掲載されている「流しのブルペンキャッチャー」が受けた一人、糸島高校の佐田聡一郎投手です。

 本格的にピッチャーを始めたのがこの春からとは思えないフォームのキレイさとともに、《目力(めぢから)》とでもいえばいいのか…リリース時の目つき、視線の強さに魅かれました。

2009年8月20日、糸島高校(福岡県)にて撮影

※このコーナーは隔週で水曜日近辺に更新いたします。

過去、このブログに掲載された【野球写真館】は→こちら
(右側の「カテゴリー」にもリンクがあります)

vol.188以前は→こちらからご覧ください


Ino●撮っとこイノ太郎(イラスト/横山英史)
 1968(昭和43)年、神奈川県生まれ。山羊座のB型で、最近聞かなくなった動物占いではコアラ。『野球小僧』編集部最古参の編集部員にして写真担当。硬式歴は皆無だが、一応右投両打。10年近く前、いろんな出会いに恵まれて『野球小僧』と関わり、現在に至る。02年末に生まれた可愛くて可愛くてしかたがない長女に加え、2006年には待望の長男も誕生した。2児の父となり、公私混同にますます拍車がかかりそうな、39歳。

2009-09-29

ライター・小林美保子の 「関西独立リーグ応援キャンペーン中です!!」第8回

▼激動の関西独立リーグを応援する取材記事です!

 日本で3番目に誕生した独立リーグ・関西独立リーグ。給料の問題、運営会社の名称が「関西・東海独立リーグ」に改まることが決まるなど、状況はまだ不安定な部分もありますが、現場の選手やスタッフは目の前の状況の中で成功させようと、リーグ戦に、チーム運営にと必死に取り組んでいます。
 そんなリーグを「応援したいです!」と名乗りを挙げてくださった地元・明石在住の女性ライター・小林美保子さんが、自ら取材・執筆を担当する「関西独立リーグ応援キャンペーン中です!!」。選手ネタや周辺ネタなど、興味の惹かれることを取材していきながらリーグを盛り上げていく所存です。
 関西独立リーグ大好きの方、あるいはちょっとだけ興味のある方、いや、今までまったく見向きもしなかった方にもぜひ目を通していただきまして、「新聞ネタ」以外のリーグの姿を知って欲しいと思います。
 それではスタートです!

            

ライター・小林美保子の 「関西独立リーグ応援キャンペーン中です!!」  
拝啓、全国の“嶋田好高”ファンのみなさまへ

090929shimada1【プロフィール】
嶋田好高
(紀州レンジャーズ)

しまだ・よしたか
1985年5月4日生まれ、和歌山県有田市出身。左投左打/180センチ、85キロ。和歌山ライオンズ(ヤングリーグ)では、投手。智辯学園和歌山高校時代は、主に「1番・レフト」で、2年春から計4回甲子園に出場。法政大を経て、愛媛マンダリンパイレーツで1年プレー後、紀州レンジャーズへ。レンジャーズでは、「4番・ライト」。

 秋虫の美声に胸きゅんする今日この頃、いかがお過ごしですか?
 関西独立リーグでは27日、村上隆行監督率いる大阪ゴールドビリケーンズが、後期優勝を決め、前期と合わせて、完全優勝を果たしました! おめでとうございます!
 そんなこんなで、あとは30日に明石球場で行われるスペシャルデーを残すのみとなりました。ホントにいろんなことがあった1年目でしたが、終わってみれば、あっちゅう間。選手もファンも、オフシーズンの生き方を真剣に考える時期に突入しました。
 さて今回は、紀州レンジャーズ嶋田好高選手の声をお届けします。 
 嶋田選手は、男三人兄弟の末っ子。特技は子供の世話。お兄さんたちの子供の面倒見てます! 見かけの鋭い眼光とはうらはらに、普段はゆったりマイペースの癒し系。もちろん、野球の話をしているときは、野球で生きてきた人特有の野球オーラがびしばし感じられて、ぐっと引き込まれますよ!
 今後の嶋田選手のプレーに、ぜひ注目を!

 では、これからもよい野球を!  また球場で会いましょう! 

                                      敬 具

           

第8回 この選手にエールを(7)
嶋田好高(紀州レンジャーズ)  

「来年はほんまにラストです」

―― 智辯学園和歌山高校から法政大学という経歴だけでいえば、野球のエリートコースを歩んできたように思いますが。
嶋田 僕自身は、智辯キャラではないです。どちらかというと、公立高校キャラ。地元に箕島高校があって、昔から箕島野球を見て育ってきているので、タイプとしては、箕島野球だと思います。
―― 箕島野球とは?
嶋田 智辯野球が上品ていうわけではないんですけど、周りからはそう見られるんですよ。「打つだけで勝つ」みたいな。僕自身は、上品な野球をするタイプではないんですよ。精神、気持ちで。どれだけ負けてても、強い相手にこそ力を発揮するみたいなのが、箕島野球かなと。箕島のことばっかり言ってちゃまずいですね(笑)。
―― 誘いがあったから智辯に行ったのだと思いますが、では智辯に行ってよかったなと思うことは何ですか?
嶋田 3年間高島監督のもとで野球がやれたこと。野球だけでなく、私生活でも、すべての面で、プラスになりました。
―― 高島監督がどういう人かをあらわす、具体的なエピソードはありますか。
嶋田 たとえば、グラウンド整備も(1年生にかわって)自分がやるから、そういう時間があったら練習をやれって、言ってくれてました。

       

―― 大学時代というのは、自分にとってどんな時代でしたか?
嶋田 1、2年の頃は、上下関係がつらくて、3、4年は試合に出られなくてつらくて。つらい4年間でした。
―― 寮生活ですよね。
嶋田 1、2年生の頃は、「はい」だけ。「はい」以外は言えませんでしたね。
―― 高校時代に甲子園に出ていることで、逆に風当たりもきつかった?
嶋田 (甲子園に出ていることが)マイナスでした。
―― 3、4年時、試合に出られなかったことを、どう受け止めていましたか? レベルの差は感じた?
嶋田 僕自身は、負けているつもりはなかったです。
―― 実際に、リーグ戦にはどのぐらい出場したんですか?
嶋田 4年の春、秋で5試合ぐらい。打順は5番でライトか、レフトか。一応ホームランも打ってるんですけど、打って次の試合スタメンからはずれた、みたいな。くさったりもしましたけど、しょうがないです。野球はそんなものです。
―― 理不尽だと感じてた?
嶋田 僕は、そう思ってるんですけど。何回も辞めようかとも思いました。
―― 結局、辞めなかった。モチベーションをどうやって保ってたんですか?
嶋田 大学が終わったあとのことを考えてました。
―― そんなつらい大学時代に、学んだことをあげるとすると?
嶋田 自分で考えてやるってことですね。レギュラー組とは、練習が別になるんで。練習量も少なくなりますし。
―― 同期でプロに行った人は?
嶋田 同期はいないです。一個上が大引啓次さん(オリックス)。二個上が田中彰さん(オリックス→広島)。一個下が、小松剛(広島)。
―― その人たちは、プロに行って当然だと思った?
嶋田 一緒にやっている中では、特には。自分も動きとかがそれに慣れてきてるんで、勝手に自分のレベルも上がってたような気はしますね。やはり、レベル自体は、六大学は高かったので。去年、実際、四国・九州アイランドリーグに入って、ピッチャーの球を見て、「あれっ」と思いました。正直、「こんなんでええんか」みたいな。そう考えたら、(大学時代)周りはすごかったですね。
―― とはいえ、去年そこまでの成績は残せてませんよね?
嶋田 去年、はじめの頃は、めっちゃ打ててたんですよ。後半疲れて、率も下がってしまいました。結局は、率は2割7分か、8分ぐらい。ホームランは3本。
―― 長い期間試合をやり続けるのは、初めてだったから?
嶋田 高校時代は、トーナメントやから短いし。大学もリーグ戦ていっても、20試合程度なんで。去年はほんま、移動もきつかったです。

        

090929shimada2ガッツポーズなど派手なパフォーマンスはしないのが智辯の教え。今も試合中は、あまり感情を出さない

―― 大学卒業後、社会人への道は考えなかった?
嶋田 (社会人の道も)ないことはなかったんですけど、やっぱりNPBに行きたいって考えたときに、一番近いのは独立リーグかなと。
―― その選択は今でも間違いじゃないと思ってますか?
嶋田 思ってます。
―― 調子が落ちていって、自分の中でこれはやばい、というときの対処法はありますか?
嶋田 自分で見つけたのが、1個あります。気持ちの問題なんですけど、どこにきても、ここに打つって決めるんですよ。センターやったら、センター、ショートゴロやったら、ショートゴロ。そしたら、無駄なことを考えないじゃないですか。それで、(心の中で)エンドランをするんです。これだけ野球をやってたら、だいたいのストライクゾーンはわかるんで。ストライクゾーンにきたら、ゴロを。エンドランやったら、タイミングも何も考えなくていいんで。そこにゴロを打つっていう、1個だけを考えてたらいいんで。悪いときって、いろんなことどんどん考えてしまいますから。バッターって、どんな当たりでもヒットが出たら、楽になってくるんで。
―― Hのランプがついたら…。
嶋田 これヒットやろと思うやつ、エラーってやられたら、かなりへこみますね(笑)。
―― 「いい当たりが正面」という場合は?
嶋田 それはいいんです。自分の感覚がよければ。今年の目標としては、内容を大事にしてやってるんで。
―― 外野手として、守備面はどうですか?
嶋田 肩をちょっとケガしてから、遠投自体は落ちたと思いますが、今でも100は越えると思います。送球のコントロールは自信がありますね。
―― 来年も紀州で?
嶋田 紀州でやれたらやりたいです。来年はホンマにラストです。ラストなんです。
―― ラストだと思う中で、何かやっていますか?
嶋田 もうすでに来年のことを考えて、ウエイトは始めてます。オフにゼロから入るか、1、2から入るかで全然違うんで。
―― もっとパワーをつけたいと?
嶋田 足がそんなに速くないんで、こつこつと当てても…。ガーンといく以外、もう可能性はないんで。そこでダメなら、あきらめられるかなっていう。
―― もうこれ以上できないっていうぐらい自分を追いつめたことってありますか?
嶋田 ないです。だからもう今から来年にかけて。それだけやらないことには、これだけ長い期間野球をやってたら、あきらめられないですから。

        

■チーム情報、試合日程などを知りたい方は、紀州レンジャーズのホームページへ。
http://www.kishu-rangers.jp/

      

(取材/構成 小林美保子)       

      

【ライタープロフィール】    
小林美保子(こばやし・みほこ)
兵庫県在住のライター。スポーツライター事務所を経てフリーとなり、『野球小憎』などに寄稿。携帯サイトでは『カズ山本の野球人生相談』を担当。プロ野球はパ・リーグ党でファーム好き。趣味は相撲の稽古見学。

この連載は原則として毎月第2、第4週に更新致します(諸事情等で多少変動する可能性がありますのでその点はご了承下さい)。

※次回は10月第2週頃の予定。大阪ゴールビリケーンズ優勝記念、守護神・遠上賢一投手をご紹介します。お楽しみに。

2009-09-28

編集部員・菊地高弘の「野球楽屋噺」第4回

※バックナンバーはコチラ!
岩隈と対戦できなかった男<1>http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/09/post-a2af.html
岩隈と対戦できなかった男<2>http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/09/post-31fd.html
岩隈と対戦できなかった男<3>http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/09/post-33dd.html

第4回・岩隈と対戦できなかった男<4>

Iwakuma04001_7 「あの~、ものすごく私事なんですが、実は僕、岩隈投手と同じ西東京で高校野球をやってまして…」
 大きな瞳をこちらに向ける岩隈投手。僕は続けます。
「最後の夏は、岩隈さんの堀越に負けたんですよ」
 岩隈投手の瞳がさらに大きく見開かれ、口許は若干引きつっていきました。僕は、申し訳なく思いながら…
「といっても、岩隈さんは投げなかったんですけどね」
 と続けました。岩隈投手は半分驚き、半分笑っているような表情で僕をみつめ、少しの沈黙の後、半開きになっていた口から言葉を発しました。

岩「じゃあ同学年?」
菊「はい、そうなんです」
岩「へー。じゃあ中学はシニアか何かでやってたの?」

 いきなり僕の中学時代について突っ込まれたのには狼狽しましたが、それ以上に、それまで丁寧な口調で応対していた岩隈投手が、いつの間にか「同級生モード」のタメ口になっていたことのほうが驚きました。

菊「いや、中学は普通に学校で、軟式です」
岩「あー、じゃあ、部活だ」
菊「はい」
岩「高校は?」
菊「あ、中大付属という…」
岩「中大付属…。最後の夏というと、ニッツル(日大鶴ヶ丘)戦の後とか?」
菊「そうです! 堀越は3回戦でニッツルとやって、4回戦はウチ、5回戦は菅生(東海大菅生)で。ちょうどウチが強豪の谷間みたいになってまして…」
岩「球場は…、立川?」
菊「そうです」
岩「あー、ハイハイ。じゃ、ボクが投げなくて、Y(当時の堀越の2番手投手)が1日投げた試合だ」
菊「そうです、そうです!」

 もう無我夢中という言葉でしか言い表せない言葉のやり取りでした。
 僕がこうしてやっているのは、岩隈投手に「対戦していない男」についての記憶を呼び覚まそうという五里霧中の試みです。それでも、うっすらと視界が晴れていくように岩隈投手の記憶に彩りが戻っていくのを感じて、取材ということを忘れて、興奮を抑えることができませんでした。
 そんなやり取りが交わされる中、岩隈投手は屈託なく笑い、そして冗談っぽく言いました。

「ということは、堀越が中大付属をナメていたという…」

Iwakuma04002_2  うぉう、それを本人の前で言うか!?
 …といっても、憤りの感情はまるで生まれず、お互いに笑うだけ。むしろはっきりと言って、笑いに変えてくれたことがありがたかったです。

菊「でも、当時はY投手と2本柱みたいな感じでしたよね」
岩「そうそう、そうですね」
菊「でも僕ら、岩隈さんを打つために、試合前日にマシンを前に出して打ったりして、すごく対策を練ったんですよ」

 すると、岩隈投手は手を叩いて「ハッハッハッ!」と爆笑しました。
 インタビュー開始からここまで、終始頬杖をついたりして、マウンド同様に落ち着いた雰囲気だった岩隈投手が初めて見せる、陽気な反応でした。僕の中で、岩隈投手の快活なひと笑い、ひと笑いが、「取材対象の岩隈久志」から、「同級生の岩隈久志」へシフトしていいんだよ、という許可のように感じられてきました。

岩「そうかあ~、そしたらボクが投げなかった」
菊「そう、だからみんなで『オイ、岩隈投げねえのかよ!』って。弱い僕らが悪いんですけど」

 セリフめかした言葉の中とはいえ、さり気なく、その実、恐る恐る「岩隈」と呼び捨てにしてみたものの、岩隈投手の表情は、相変わらず緩みっぱなしで、僕はすっかり安心しました。
 僕は、10年前の堀越戦の前日、陽の落ちかけたグラウンドで、コーチの「岩隈は打てるぞ!」という檄に乗せられるように、バッティングマシンを打ち込んだ光景を思い出していました。次の日に打つことはおろか、対決することすらできなかった岩隈投手が、今こうして、同級生の岩隈久志として相対しているという事実は、相変わらず不思議な感覚でした。

岩「いやぁ~、なつかしいなあ」
菊「はい。僕も今日は10年分の恨み言を言えて良かったです」

 そう言うと、岩隈投手は本日2度目の爆笑。先ほどよりも手を叩く動作が大きくなって、僕は心の中で「ああ、落語研究会にいて本当に良かった」と思いました。
 しかし、ここまではただ単に僕の思い出話をしただけのこと。僕には岩隈投手に直接伝えたいことがあるはずだ、と体が感じた瞬間、もう口が開いていました。

「でもホント、岩隈さんは僕ら同じ年に西東京でプレーしていた者にとっては、誇りなんです」

 すると、それまで相好を崩していた岩隈投手の顔つきが少し引き締まったように見えました。そして、真っ直ぐに僕を見据え、落ち着いた口調を取り戻して答えました。

「いやいや…。でも、頑張っていかなきゃいけないですね。河内もいるし」

 「河内」とは、広島の河内貴哉投手のこと。
 國學院久我山高校では「高校ナンバーワン左腕」の評価で、3球団が競合したドラフト会議では、クジを引き当てた広島の達川監督がタバコの「ラッキーストライク」を掲げたことで知られています。
 近年は故障で思うように投げられていませんが、1999年の時点で僕たちの学年は「河内世代」と括られても申し分ない存在だったことは間違いありません。その河内投手の名前が岩隈投手の口から出てきたことは、両者の凄さを遠目ながらも目撃している者にしてみれば、大いに嬉しく感じられました。
 取材時間のリミットが迫っていたため、僕はここで話を打ち切り、岩隈投手に持ってきたお土産の「野球小僧うちわ」を2枚、そして「幸運の魔球」と呼ばれる「小僧ボール」を「奥様やお子様(2人)にも…」と、4つ手渡しました。そして最後に「写真、いいですか?」とお願いして、咄嗟にライターの武藤さんをカメラマンに仕立てて、ツーショットを撮影させてもらいました。
 気の利いたポーズなど何も思い浮かばなかったので、とりあえず「握手いいですか?」と、岩隈投手の手を握らせてもらいました。
Iwakuma04003_2  岩隈投手の指と手のひらは想像以上に皮が厚く、ゴツゴツしていました。回転量の多いストレートや変化球を爪弾く繊細なイメージからはほど遠い、逞しさを帯びた質感でした(でも、あとで写真を見返してみたら、背の高さは岩隈投手が圧倒しているのに、頭の大きさは僕のほうが勝っているということに軽いショックを覚えました…)。

「いやー、思った以上に盛り上がりましたね」
 応接室を出て、笑顔の武藤さんから声を掛けられたとき、僕は極度の安堵感から、完全に呆けていました。しかし、10分、20分と時間が経ち、平静を取り戻していくごとに、徐々に自分の背筋が伸びていくように感じられました。
 この出来事を「10年分の胸のつかえが下りた」という結論で締められれば収まりがいいのはわかっています。でも、僕がその日漠然と思っていたのは「これからもっと頑張らなきゃ」ということ。今日、岩隈投手と僕は10年前のような「高校球児」としての関係性ではなく、「取材する者とされる者」という関係でした。今後、さらに10年が経ち、岩隈投手が引退して20年、30年が経過したとき、僕が岩隈投手を「同じ西東京の球児」として変わらず誇りに思うように、岩隈投手にも「あのとき取材された男」として僕を少しでも覚えていてもらいたい、あわよくば誇りに思ってもらいたい。そんな不遜な考えがよぎっていました。現実にそんな関係性になるには、どうすればいいのか。それが今後の僕の人生の命題になっていくのでしょう。
 岩隈投手にはこれからも日本を代表する投手として、1年でも長く投げ続けてもらいたいと思います。そして今回『中学野球小僧』で取り上げる記事でも、僕との思い出話でも、プレゼントした「小僧ボール」でも、とにかく何でもいい。可能であれば、岩隈投手が投げ続けられる要因に、僕の存在が1ミリでも貢献したい。それが、「対戦できなかった男」としての、ささやかな望みなのです。

(おわり)

※岩隈投手のインタビューは10月10日発売の『中学野球小僧』11月号に掲載されます。どうぞお楽しみに! ちなみに、次回の「野球楽屋噺」の更新日は未定です

▼菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年1月2日生まれ。175センチ70キロ、右投左打。中大付高から中央大に進学、中大5年時にブラブラしていたところを『野球小僧』編集部に拾われる。増刊号『高校野球小僧』を担当しているため高校野球を中心に、中学からプロ、果てはカラーボール野球まで幅広く企画・取材している。中大付高時代は野球部主将を務め、中央大では落語研究会幹事長を歴任。『中学野球小僧』誌面にて、中学野球の強豪チームの練習に参加する体当たり企画「菊地選手の1日体験入部」に挑んでいる。

2009-09-25

「ベースボール・ディアスポラ(野球離散民)を訪ねて」 第12回

090925maeda02 『野球小僧』編集部ログでしか読むことの出来ない「流離いの海外野球放浪観戦者(?)」こと石原豊一さんによる海外野球紀行。これまで、「イスラエル野球紀行」、「メキシコ・ウインターリーグ紀行」、「ニカラグア野球紀行」と連載してきましたが、ついに第4弾の登場となりました。
 タイトルはズバリ! 「ベースボール・ディアスポラ(野球離散民)を訪ねて」。
 これまでの海外野球紀行シリーズとは異なり、石原豊一さんが、野球を求めて世界を巡る“ディアスポラ”(野球離散民)に迫り、その声を聞くという構成です。

 記念すべき1人目は、日本、アメリカ、イタリア、中国、台湾と世界のマウンドを経験し、いまだ現役で投げ続けている前田勝宏投手(明石レッドソルジャーズ)。多くの国を渡り歩いたあと日本に帰国。現在は関西独立リーグでプレーをしています。

 前田投手のこれまでの野球人生の軌跡や、そのときの心理について石原さんが迫ります。
 実は前回「最終回」と予告したのですが、今回で終わりではありません。最終回は2部構成となりましたので、次回延長戦があります。

 まずは今回、最終回の前編をお楽しみ下さい。

▼石原豊一さんの過去の紀行文のリンクはコチラ
①イスラエル野球紀行→http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat2140867/index.html
②メキシコ・ウインターリーグ紀行→http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat82358/index.html
③ニカラグア野球紀行→http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat4323204/index.html

   

★再び故郷へ

 2009年のシーズンを前田は、この年スタートした関西独立リーグ・明石レッドソルジャーズで迎えた。長崎でプレーし続ける選択肢もあったが、明石のオーナーが旧知の間柄であったこと、また、新参の九州勢を目の敵にするアイランドリーグの体質に嫌気がさしたのも事実であった。

 前田が事実上の兼任監督となり、チームが体勢をようやく整えた後期、首位香川相手に完封を続けるチームに突きつけられたのは、監督・コーチ兼任選手が全員フィールドに出て同時にプレーすることに対する禁止通達だった。
 指導者の誰かはベンチにい続けなければならないという指示は、日米でプロ経験のある前田と藤本博史(元オリックス・現明石)がバッテリーとして出場を事実上禁止することを意味した。
 監督代行の前田になされた試合中の暴力行為による退場宣告についても、本人は一切手を出していないと言う。彼はまた、自身の野球キャリアもまた、周囲から叩かれる原因になってのではないかと感じている。

「結局、日本出て、アメリカでやってたちゅうのが気に食わんのでしょう。日本で実績ないやつがなんやってね」

090925maeda01前田勝宏投手は外国のプロ野球を巡ったあと、昨年久々に日本に帰国。長崎セインツを経て、今年は明石でプレーする

 しかし、何よりも大きかったのは家族の存在である。再び故郷に戻ってきた前田は、神戸の自宅から球場に通っている。家族との「普通の暮らし」をようやく明石で手に入れることができたのだ。
 ただ、このチームでも前期シーズンはうまく機能しなかった。選手の力量の差があまりに大きかったからだ。KIL(関西独立リーグ)の審判のひとりも指摘していたが、独立リーグが増えていくに及んで選手層が薄くなってきている。プロとはいっても、個々に集うのはNPBにも実業団チームにも入れなかった者たちである。ましてや、既に2リーグもある中、発足した新興リーグが選手獲得に苦労したのは想像に難くない。

 前期シーズン、明石は毎週末の3連戦を前田、百合翔吾、福泉敬大によるローテーションで回し、先発しない者が、勝試合のリリーフに回るというスクランブル体勢で乗り切った。この起用法により、38歳になる前田の肉体はしばしば悲鳴を上げた。
 後期に入り、ようやく戦力が整った明石は現在優勝争いを演じた。前田は主にリリーフに回り、9月25日現在、通算で2勝4敗11セーブ、防御率1.61の成績を残している。

 シーズンも残り少なくなった9月初め、前田に今一度聞いてみた。これからどうするのか、と。
 「体は問題ない」と彼は言う。とかく存続の危機が取りざたされるKILだが、明石は来年のチーム継続を宣言している。
 とすれば、辞める理由はない。5カ国を渡り歩いた野球バカは体が動く限り、そしてプレーする場がある限り現役でいるつもりのようだ。

 しかし一方で、シーズンが終わったあとに控えるNPBのトライアウトは受けるつもりはないという。

「答え出てるからね。あそこで抑えても、受かるやつにはその前から声かかっとるし」

 一般社会同様、一度背を向けた人間に日本の球界は働き場所を与えることはなかなかないと彼は言う。思えば、前田の野球人生は、バッターボックスの相手打者や自らの技量や故障といった通常のアスリートが対峙する「敵」ではなく、日本社会の特有のしがらみや旧習との戦いに明け暮れていたような気がする。
 今や日本人選手がメジャーリーグに挑戦することは当たり前の時代となった。そして、それは賞賛されるべきこととなっている。
 この夏の甲子園を沸かした菊池雄星(花巻東)が、口にするメジャー志望を今、誰が責めることができるのか。
 改めて前田の台詞が思い出される。

「あのころはあかんことやったからね」

        

〈続きは次回。今度こそ本当に最終回です〉 ※更新は10月1~2週目の予定です

        

■石原豊一(いしはら・とよかず)
1970年生まれ、大阪府出身。圧倒的な行動力で、これまでアジア、アメリカ、中南米、ヨーロッパなどを渡り歩く「流浪の野球好き」。すでに世界各国200を超える球場で野球を観戦してきた。昨冬は南米・コロンビアに飛び、現地の野球を体感してきた。

2009-09-24

現役女子大生ライター・山田沙希子の 戦国東都 いぶし銀観戦記(第7回)

戦国東都秋の陣、現在白熱中!

 現役大学生ライターの山田さんが、観戦拠点ホームグラウンドである東都大学リーグで観戦した模様をレポートする「女子大生ライター・山田沙希子の 戦国東都 いぶし銀観戦記」
 現役大学生ながら、「いぶし銀」の観戦眼をもつ山田さんが、ファンに向けてお届けする東都大学リーグのレポート。今シーズンは、國學院大や立正大が先行して勝ち点を挙げ、まさに「戦国時代」を思わせる展開です。
 そんな中、今回山田さんがスポットを当てたのはどの選手でしょうか? それではスタートです!

                   

「4番・サード、ナガシマ」からの脱却 長島一成(青山学院大)

Nagashima01修徳高時代から主軸を打ち、打撃センスには定評のあった長島一成(青山学院大)

 青山学院大の長島一成(修徳)が守るのはサードだ。 
 サードのポジションにいるナガシマを初めて見たのは、彼が高校2年の東東京大会準決勝だった。最初はとにかく名前やポジションちょっとした衝撃があった。なにせ「サード・ナガシマ」である。しかも名前が「カズシゲ」だという。さらにこの一戦でホームランも放った。その時から、私は長島が強く印象に残っていた。

 大学では1年時からリーグ戦に出場し、背番号は3。左打席での類い希な打撃センスは高校時代から評価されており、2年生となった2007年には4番を任されるようになった。
 しかし、結果の方はというとなかなか伴わない。春季はわずか4打点で打率は.250。レギュラーに定着して初めてのシーズン、いきなり戦国東都で思うように成績を残せるほど簡単ではなったのだろう。
 だが、春が秋になっても長島は波に乗ることができない。それどころか、2カード目の國學院大戦では2回戦からスタメン落ちになってしまった。それ以降は、小窪哲也(広島)や高島毅(オリックス)がその役を務め、長島が4番に座ることはなかった。

Nagashima02守備位置は「ナガシマ」の響きがもっとも様になるサードがメイン。状況に応じてファーストに回ることもある

 3年生となった翌春。長島は開幕から不動の4番サードでスターティングメンバーに名を連ねた。今年こそはチームの柱になってくれることを期待しての再抜擢である。その期待に応えるかのように、長島は開幕から毎カードで安打を放ったが、次第に打ったり打たなかったりと波が出てくる。
 第5週の立正大戦2回戦では6打数ノーヒット。1週間が空いたあとの日本大戦初戦でもノーヒットで途中交代となると、翌日の第2戦ではいきなり打順が9番になってしまった。そして、3年秋はベンチを温めるようになってしまい、スタメンは最終カードの1試合のみ。出場も2試合に止まり、無安打でシーズンを終えた。

 そして、長島にとってラストイヤーとなった今春。再び4番でスタメンに名を連ねたものの、またも調子が上がりきらず、4番としてチームを引っ張っているようには見えなかった。成績の下降に伴い、シーズン中盤の中央大戦から打順は7番となった。
 4番に入っているときにも、打つときは打っているせいだろうか。長島が下位の打順を打つというのは、なにかイメージが違う感う。結果が求められる世界なのだから当然であることは分かるが、少し淋しい気もした。

 もう、苦しむ長島など見たくはない――。

 しかし、その一心で試合を見ていると、打順が8番となった最終カードの國學院大戦で3安打。それまでの不調が嘘のようにヒットを重ね、秋に希望を持たせた状態でシーズンを終了することができた。これは本当に幸いだった。

   *      *      *

 現在、長島にとって大学最後のシーズンとなる秋のリーグ戦が進んでいる。
 9月5日に行われた中央大との開幕戦でコールされたのは、なんと「1番サード長島くん」。長島が1番とは意外だった。
 思えば、この春は盗塁を5つ決めている。足があることもアピールしていた。1番での起用はその結果ということだろう。
 そして、開幕最初の打席。長島は澤村拓一(佐野日大)からいきなり右中間に抜けるスリーベースヒットを放った。その際、二塁を回ってさらに加速したスピードが予想以上に素晴らしく見えたのは、打順が1番のせいだろうか…。

Nagashima03大学進学後は正直伸び悩んだ。最後のシーズンとなる秋。結果を残して次のステージにつなげたい

 正直言うと、長島がクリーンアップの一角を堂々と担う姿も見たい気持ちはある。しかし、これまでの大学生活の中で見つけることのできなかった『居場所』になるかもしれない。
 卒業後の進路も気になるこの時期。「ナガシマカズシゲ」がチームを引っ張っていく最後の姿に期待したい。

       

※この連載は原則2週間に1度のペースで更新しております。次回は10月第2週頃の予定です。今後の展開にご期待下さい。

         

●東都大学野球連盟公式サイト
http://www.tohto-bbl.com/

       

■山田沙希子(やまだ・さきこ)
1988年生まれ、東京都出身。東都大学リーグを主戦場とする女子大生ライター。昨年は岩本貴裕(広島)を徹底マークしたため、強打コンビを組んだ中田もくまなくチェックしていた。踏まれてもすぐに立ち上がるド根性が売り。今春発売された書籍『甲子園のキセキ』(日刊スポーツ出版社/矢崎良一監修)の執筆陣に抜擢された。現在、年中仕事募集中。

2009-09-23

イースタンリーグ 日本ハム対ロッテ in 鎌ヶ谷

▼多数の観客が来場

 連休の最終日となったこの日。ファイターズタウン鎌ヶ谷で行われたイースタンリーグ・日本ハム対ロッテ最終戦を取材に行ってきました。
 連休中のうえ、鎌ヶ谷でのゲームはこれが今季最終戦ということもあり、球場はゲートが長蛇の列になるほど。試合前から球場前には人・人・人という状態で、ヘタな1軍の試合よりも熱気を感じました。

       

▼試合は日本ハムが矢貫投手の完投で勝利

090923yanuki地元・鎌ヶ谷での最終戦を完投勝利で飾った矢貫俊之投手。派手さはないが安定感ある投手として今後の期待が高まる

 試合の方は、日本ハムが制球の不安定なロッテ先発・手嶌智投手を攻めて4点を奪うと、ルーキーの矢貫俊之投手が神戸拓光選手のホームランによる1失点のみに抑えて完投。日本ハムが“第2の地元”鎌ヶ谷でのラストゲームを有終の美で締めました。

 矢貫投手は序盤こそボールで先行で浮いた投球が目につきましたが、尻上がりに低めに集まるようになり、メンバー的に1軍経験者が多かったロッテ打線相手に堂々たるピッチング。長身からのタテのカーブと手元で鋭く変化するスライダー、打者がつい手を出してゴロになってしまうスプリット系のボールもさえ渡りました。
 ただ、タマにヒヤッとする甘い球が来ることがあったのがやや気がかりでした。この試合ではそれが大事には至らなかったものの、1軍では勝負を分ける可能性があります。より精度の高い投球ができるようになれば、上でも安定した活躍が期待できそうなので、来年に向けてさらなるレベルアップを目指して欲しいと思います。

 また、『野球小僧』では、高校時代から何度も記事にしてきた中田翔選手も4番・ファーストで元気に出場。遅刻をして謹慎や外出禁止令が出るなど、相変わらずお騒がせなところはあるものの、今季はイースタン本塁打記録を塗り替え、三冠王をほぼ手中にしています。

090923nakataファームでは向かうところ敵なしだった中田翔選手。今後は1軍レベルの投手にも対応していくことが求められる

 1軍ではなかなか結果を残せない中田選手ですが、ファームの打席では見せ球に崩される場面も少なく、対応力は上がっているように感じました。あとは1軍のより厳しい投球についていけるかどうか。それは、より多くの打席を経験していくしかないでしょう。いずれにせよ、今年は自他共にステップアップを実感できたシーズンになったはずなので、今後より高みを目指して突っ走って欲しいところです。

 他にも、決勝タイムリーや本塁打など3安打3打点の活躍を見せた市川卓選手や、前日の試合でファームでのプロ初本塁打を放ち、お立ち台で観客のハートをガッチリつかんだルーキーの杉谷拳士選手、相変わらずの快足ぶりだった村田和哉選手、中田選手の記録の陰に隠れながら今季ファームで19本塁打(23日現在)と昨年からさらに開花の兆しを広げた鵜久森淳志選手、打撃フォームが先輩の坪井智哉選手に似てきた今浪隆博選手などなど…。ここでは紹介しきれないほど、日本ハムには将来有望な選手が数多くいる印象でした。

 一方、敗れたロッテの方は、育成選手として入団しながら支配下選手にはい上がった岡田幸文選手が1番・センターでスタメン出場。持ち前の俊足を生かしたハツラツとしたプレーを披露していました。そして、手嶌投手がKOされた4回にはドラフト1位ルーキー左腕・木村雄太投手がリリーフのマウンドへ。キレのあるスライダーを低めに集め、7回まで投げて交代するまでなかなかの好投を見せました。
 野手陣の多くが1軍経験のあるメンバーでしたが、この2人の来年以降の成長も大いに期待したいところです。

           

▼観客を喜ばせるイベントが満載

 日本ハムのファームは、この日のような節目のゲームだけではなく、以前から鎌ヶ谷での試合で毎回趣向を凝らしたイベントを開催し続けてきており、熱意あふれるスタッフのアイディアで地元ファン獲得に努めてきました。

 実際、この日の試合だけでも、

<両チームのシートノック終了後、試合開始直前>
◎柏レイソルのマスコット・レイくんと、日本ハムのマスコット・カビーとのコラボ共演による挨拶やジャンケン大会、カラーボールのスタンド投げ入れ
◎全試合を観戦した熱心なファン(およそ20人程度)をグランドに呼んで皆勤賞として観客に紹介、スタンドがそれを称える
◎試合前に子供たち(30人程度が間を置いてダイヤモンドを1周する)によるベースランニング大会

090923danceイニング途中のイベントとして、和太鼓のリズムに合わせた踊りが披露された

<試合中>
◎イニング途中の攻守交代時に踊りのイベント
◎イニング途中の攻守交代時に子供たちをグラウンドに入れてダンス

<試合後>
◎ヒーローインタビューはちびっ子が選手に質問
◎水上善雄2軍監督による鎌ヶ谷全戦終了にともなうあいさつ
◎全選手によるサインボールの投げ入れ

などなど、とにかくイベント、アトラクションが次々に行われ、選手もそれに協力。スタンドとグラウンドの距離が大変近く感じる雰囲気を醸し出していました。
 このような取り組みは、ほかの球団でも行っているところはありますが、ここ鎌ヶ谷はスタッフ1人1人がゲームを盛り上げようとする姿勢にあふれており、キビキビとした準備や明るいあいさつなども相まって、「また鎌ヶ谷に来たい」と思わせる雰囲気を作り出しています。

     

▼選手たちの1日はまだ終わらない

 そして試合終了後。まだ、ファンが帰りのバスの行列を作っている中、グラウンドでは早くも練習がスタート。夕陽に照らされる中、それぞれの選手が目的を持って課題の克服に努めていました。

090923free_batting試合後、夕陽に照らされる中、鵜久森淳志、中田翔、陽仲壽らが打撃練習に汗を流す

 日本ハムのファームは今季イースタンリーグ7球団中5位ではありますが、目的はあくまで1軍で活躍する選手を送り出すことに徹底しており、今年もこの鎌ヶ谷で育った糸井嘉男選手や菊地和正投手などが戦力として完全に巣立ちました。
 地元のファンの方々もイベントなどで盛り上がりながらも、チームの勝利を望むというよりは、今グラウンドにいる選手たちが早く1軍で活躍できるよう後押しする存在になっているように思えます。
 たかだかファームの1試合を見ただけではありますが、こうした部分が1軍の日本ハムのここ数年の強さにつながっていると間違いなく感じることができた1日でした。

         

■北海道日本ハムファイターズ公式サイト(ファーム情報もあります)
http://www.fighters.co.jp/

      

(編集部・田中)

2009-09-22

第6回『野球小僧』アンケート結果発表 今年の有望高校生選手ナンバー1は?

▼1位に輝いたのはやはり「あの左腕投手」でした

 ブログ読者の方々ご協力頂いているアンケート調査。本日は8月18日~9月6日に実施しました第7回の結果を発表いたします。

 今回のテーマは「今年の有望高校生選手ナンバー1は?」でした。
 夏の甲子園開催中の時期に行ったということもあって、投票数は過去最大の261票とたくさん集まりました。みなさんご協力ありがとうございます。
 結果については以下のとおりです。

       

第7回テーマ 「今年の有望高校生選手ナンバー1は?」 の回答結果

090922resurut_2

     

 1位に輝いたのは、やはり今年はこの男、花巻東の菊池雄星投手でした。夏の甲子園では故障もあって全開とは行かないまま涙をのみましたが、本質的な部分においては多くの方が評価しているということでしょう。メジャー発言も飛び出すなど、なにかと話題もつきないですし、名実共に納得させられるところがあります。

 また、2位には明豊の今宮健太選手がつけました。小柄ながら、花巻東戦で終盤2度目のマウンドに上がったときに150キロ台の速球を連発。結局、延長で敗れはしましたが、あの鬼気迫るピッチングは強烈な印象でした。プロ入り後は野手に専念する可能性が高いですが、いずれにせよ人並み外れた能力に対する期待がかかります。

 その他の選手については、上位10名まで入れておきました。全体的に直近の夏の甲子園に出場していた選手が多い中、今村猛選手(清峰)、筒香嘉智選手(横浜)といったそれ以前から名前の挙がっている選手については、やはりそれだけ魅力があるということでしょう。

 来たる10月29日のドラフト会議に向け、この中から何人がプロ志望届けを提出するのでしょうか? しばらくは目が離せませんね。

                  

▼次のテーマは「今年もっとも頑張ったなぁ…と称えたいプロ野球チーム」

 さあ、次は早くも第8弾となるアンケートのテーマを発表します。

 次回は、「今年もっとも頑張ったなぁ…と称えたいプロ野球チームは?」です。

 プロ野球もいよいよラストスパートの時期となり、順位がほぼ見えてきた今なら、もう各球団のシーズンの戦いぶりを総括してもいいかと思いまして、ひと足先にファンの皆さまの評価を知りたいと思います。

 コメント欄も書き込みフリーにしておきますが、内容についてはいつものとおり。誹謗中傷は絶対タブーとしまして、あくまでも前向きなものだけでくれぐれもお願いいたします。それに反する場合は、予告抜きで削除する場合がございますのでご了承下さい。

 アンケートはこのブログを開いてすぐ左側に設置してあります。期限についてはプロ野球の公式戦が終了予定の10月11日までといたします。
 途中経過を見たい方は、アンケート回答欄のすぐ下の方にマウスを当てるとリンクが出現しますので、のぞいてみて下さい。

 それでは、多くの方の参加をお待ちしております。

         

■『野球小僧』アンケート過去の結果
・第1回 2009年、アナタが最も興味があるプロ野球チームはどこ?
(投票数:72 コメント数:1 開催期間:2009-04-08~2009-04-19)
http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/04/post-2b66.html

・第2回 アナタが最も重視する野球のカテゴリーは?
(投票数:74 コメント数:3 開催期間:2009-04-28~2009-05-08)
http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/05/post-aba4.html

・第3回 『野球小僧』6月号の韓国野球特集はいかがでしたか?
(投票数:44 コメント数:1 開催期間:2009-05-15~2009-05-29)
http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/05/post-34a7.html

・第4回 来年メジャーにいったら最も活躍すると思える打者は?
(投票数:178 コメント数:1 開催期間:2009-05-29~2009-06-19)
http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/06/post-34a7.html

・第5回 来年メジャーにいったら最も活躍すると思える投手は?
(投票数:191コメント数:0 開催期間:2009-06-26~2009-07-17)
http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/07/post-c313.html

・第6回 この夏甲子園で最も期待する地区は?
(投票数:97コメント数:0 開催期間:2009-07-21~2009-08-06)
http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/08/post-e07a.html

    

       

(編集部・田中)

2009-09-21

編集部員・菊地高弘の「野球楽屋噺」第3回

※バックナンバーはコチラ!
岩隈と対戦できなかった男<1>http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/09/post-a2af.html
岩隈と対戦できなかった男<2>http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/09/post-31fd.html

第3回・岩隈と対戦できなかった男<3>

 生まれて初めてKスタ宮城にやって来ました。スタンド、グラウンドを通してクリムゾンレッドと鮮やかな緑を基調とした配色の対比が何となく艶っぽく感じられて、地方球場にありがちな「寂れ」とは縁遠い球場でした。
Iwakuma03001   三塁側ベンチ前に楽天の広報の方を訪ねると「岩隈は今キャッチボールをしてます。取材は練習が終わってから、応接室でやりましょう」とのこと。センター方向を見ると、確かに岩隈投手が軽いキャッチボールをしていました。写真はスタンドから撮影してもいいということだったので、僕とライターの武藤さんは内野スタンドづたいにバックスクリーン方向へ進み、岩隈投手に近づいていきました。
 スタンドから一眼レフを通して見る岩隈投手は、やはり絵になる投手だなぁと思いました。2日前に完投勝利を収めたばかりで軽い調整のキャッチボールとはいえ、両腕を高く掲げるワインドアップ、軸足に体重を乗せる立ち姿、天性としかいいようのないヒジのしなり、相手からの返球をグラブを差し出して待つ姿、所作がいちいち美しいのです。ピーンと背筋の伸びた美しい立ち居振る舞いに、レンズが五寸釘で貫かれたように岩隈投手から離せなくなりました。
 しばらくスタンド最前列の金網越しに写真を撮影していると、ふとキャッチボールをしている岩隈投手の背後に「楽天市場」のフェンス広告が重なる瞬間がありました。それは岩隈投手が文字通り「楽天」を背負っているようにも見えましたし、「楽天」が背後霊のように岩隈投手にまとわりついているようにも見えました。フェンス広告を背にしながら勇ましく投球する姿は、「エースなんだなぁ」ということを今さらながら実感させるものでした。目の前の金網に隔てられ、スタンドの高い位置から見る岩隈投手はあまりにも遠すぎて、かつては同じ西東京の高校球児だったということすら現実感が薄れてしまいました。

 キャッチボールを終えた岩隈投手は、バックスクリーン手前のスペースでストレッチをしながら他の投手たちと談笑していました。僕はその姿を撮影しながら、もう一人の敵と戦わなくてはなりませんでした。その敵とは、「リンデン」です。
Iwakuma03002_2  ちょうどそのとき、グラウンドではフリーバッティングの真っ最中。バックスクリーン左のスタンドから岩隈投手にフォーカスを合わせている僕のところへ、バッティング練習中のリンデンがポンポンと打ち込んでくるのです。僕は「あぶなーい!」と声を掛けてくれる楽天関係者の方の声に合わせて左に避け、右に避け、打球をなんとかかわしていきました。それにしても、左打者がここまで何本も飛ばすのは並大抵の力ではありません。あまり一発のイメージのなかったリンデンが、実はすごい打者なのだということを身を持って知ることができたのは収穫でした。

 いよいよ取材開始時間が近づいてきました。
 僕と武藤さんは練習を終えた岩隈投手を追って三塁側ベンチ前に移動して、広報の方からの指示を待つことにしました。すると、ほどなくして広報の方から「すみません、これからバッテリーミーティングがあるので、それが終わってからでお願いします」と言われました。「楽天のバッテリーミーティング」というと、きっと長いんだろうなぁ…という気がしてきます。全員が「ノムラの考え」を携えて、相手打者一人一人の攻略法をみっちりと叩き込まれるんじゃないか。となると、最低1時間はかかるのでは…。そんな悪いイメージが頭をよぎりました。しかし、意外にも15分後には広報の方から「取材の準備ができました。応接室までお越しください」との連絡が。僕と武藤さんは、急いで球場に併設された建物にある応接室に向かいました。
 応接室に入ると、カメラを組み立てたり見本誌を取り出したり、慌ただしくインタビューの準備をしたものの、心の準備をするまでの時間と余裕はありませんでした。ほどなくして、広報の方が応接室に入ってきて「岩隈を連れてきました」と告げ、明らかに常人離れしたプロポーションの岩隈投手が続いて入ってきました。岩隈投手は白地で胸に「BASE BALL」と文字の入ったナイキのTシャツと、背番号21が入ったえんじ色のハーフパンツを身に纏い、いかにもリラックスした練習後らしいいでたちでした。
Iwakuma03003  僕は岩隈投手を見るなり、「こんにちは! よろしくお願いします!」と挨拶して腰を折り畳みました。岩隈投手も「岩隈です」と会釈を返してくれました。やっと出会うところまで辿り着けた…。それでも、キャッチボールを撮影しているときから感じていたのですが、もう僕の中で目の前にいるこのモデルのような男性は「同級生の岩隈」ではなく、「あ、WBCで投げてた人だ」という感覚になっていました。

 取材はスムーズに進みました。岩隈投手は『中学野球小僧』の見本誌を手に取り、ページをめくりながら「野球小僧って中学も出してるんですか?」と関心を示しました。そして武藤さんの質問に対して、「中学時代のことはあんまり覚えてないなぁ」と苦笑しながら、遠い記憶を懸命に手繰り寄せては答えを返してくれました。左手を顎にやりながら、時には頬杖をつくようにして思案する岩隈投手の表情をカメラに収めていると、ふつふつと込み上げてくる思いがありました。
「あ、このWBCで投げてた人、オダギリジョーに似てる!」
 そう思った瞬間、せっかくこんなにも近くにいる岩隈投手が、さらに遠く感じられてしまうのでした。
 取材時間は30分。岩隈投手のルーツを探るための時間は、嘘のように急速に過ぎていきます。25分が過ぎ、そろそろ終わりかな…、という雰囲気になった頃。僕の中で突然「このままでいいのか?」という問い掛けが、ハンマーで心臓を叩かれるように胸に響きました。「岩隈投手と対戦できなかった」という、なんてことのない、つまらない話ではあるものの、本人と会えるのは今日が最後という可能性が高いわけです。ならば、ほんの少しでも、この「オダギリジョーに似てるWBCで投げてた人」に時間を割いてもらってもいいのではないか…。
 インタビュー時間、残りわずか数分。質問を終えた武藤さんがこちらを向いて「あとは大丈夫ですか?」と訊いてくれました。僕はためらいをわずかに残しながらも、岩隈投手に向かって口を開きました。

「あの~、ものすごく私事なんですが、実は僕、岩隈投手と同じ西東京で野球をやってまして…」

 岩隈投手の大きな瞳が、こちらに注がれていきました。

(つづく)

※次回は来週9月28日(月)に更新する予定です!

▼菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年1月2日生まれ。175センチ70キロ、右投左打。中大付高から中央大に進学、中大5年時にブラブラしていたところを『野球小僧』編集部に拾われる。増刊号『高校野球小僧』を担当しているため高校野球を中心に、中学からプロ、果てはカラーボール野球まで幅広く企画・取材している。中大付高時代は野球部主将を務め、中央大では落語研究会幹事長を歴任。『中学野球小僧』誌面にて、中学野球の強豪チームの練習に参加する体当たり企画「菊地選手の1日体験入部」に挑んでいる。

2009-09-18

『野球小僧』表紙人形制作者・佐野文二郎さんが人形の展覧会を開催

▼10月1日~13日 アートホール神戸にて開催

 『野球小僧』の顔とも言える表紙。プロ・アマ・現役・OBを問わず、選手や監督がいつもコミカルに登場することでおなじみですですが、実はこの人形たち、すべて発砲スチロールを削って作り上げていくんだそうです。
 制作者は佐野文二郎さん。佐野さんはイラストなどの仕事も手がけていますが、人形製作はまさに佐野さんならではのアート。毎号製作頂いている『野球小僧』、『中学野球小僧』の表紙用人形はもとより、野球以外にも政治、芸能、音楽など様々なジャンルにおける歴史的、時勢的「顔」を数多く製作してきました。

 そしてこのたび、過去製作されてきた人形を厳選し、神戸にて展覧会を開くことになりました。
 タイトルは「佐野文二郎の発泡スチロール人形博覧会」。もちろん、『野球小僧』の表紙に登場した選手も何人かは飾られることでしょう。開催期間は、プロ野球のペナントレースがおそらく(?)ケリがついていると思われる10月1日から10月13日まで。入場料は無料で、3日、10日、11日にはイベントも用意されています。

090918sanobunjiro_dolls_expositio_2 関西圏にお住まいの方、貴重な機会ですのでぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

         

■佐野文二郎の発泡スチロール人形博覧会 これ だぁーれ 神戸奮闘編

○開催期間
10月1日(木)~13日(火) 10:00~18:00(最終日は16:00まで)

※イベント(ギャラリーコンサート)開催のため10月3日(土)、10日(土)13:30~15:30の時間帯は観覧ができません。

※ギャラリーコンサート以外にも、11日(日)13:30~ 小学生20名を対象に発砲スチロールを削って昆虫を作るイベントも予定しています(予約制・参加無料)

○場所
アートホール神戸(JR、阪神元町駅下車、徒歩1分)

○入場料 無料

○予約・問合せ先 
財団法人 兵庫県学校厚生会  公益事業部
〒650-0012  神戸市中央区北長狭通4-7-34 TEL(078)331-9968   FAX(078)331-8050

       

■アートホール神戸(兵庫県学校厚生会館)
http://www.kouseikai.or.jp/kaikan/index.html

※会場へのアクセス方法や詳しい案内が掲載されています。

        

(『野球小僧』編集部)

2009-09-17

『中学野球小僧』の取材日誌(9月15日)

▼甲子園準優勝! 新潟・日本文理高校バッテリーを直撃!

Ito日本文理高のエース・伊藤直輝投手。必殺のタテスラについて、説明してくれました

 みなさん、こんにちは! すっかり秋らしくなってきましたね~。現役球児のみなさんは、練習しやすい環境でバリバリ頑張っていることでしょう。
 10月10日発売『中学野球小僧』11月号の取材は、お陰様で順調です。15日(火)は、今夏甲子園で準優勝を果たした、新潟・日本文理高校のバッテリーに取材してきました。
 今夏甲子園の決勝戦、大差をつけられた9回2死からの見事な反撃は、多くの人の記憶に残っていることでしょう。新潟県勢初の全国制覇をめざし、甲子園全試合を一人で投げ抜いた伊藤直輝投手と、その球を受け続けてきた若林尚希捕手。「幼稚園、保育園は別だった」という2人は小学校1年生で出会い、関川村立関川中学校時代は新潟県大会で準優勝。その能力を見込まれて、そろって日本文理高校に進学しました。

Wakabayashi伊藤投手とは幼なじみのバッテリー、若林尚希捕手。新潟国体に向けて練習中!

 ちなみに、その年、新潟県大会優勝を果たしたのは、燕市立吉田中学校。北信越大会も制し、全国中学校軟式野球大会、全日本少年軟式野球大会と、中学軟式野球の2大全国大会にダブル出場し、両大会で3位に輝いています。中学軟式球界では、新潟県の存在感を、存分に示した3年前の夏。今夏甲子園での「新潟県勢の躍進」は、中学軟式野球という視点から見ると「やっぱり!」という結果でもあるんですね。
          ◇
 さて、関川村から一緒に進学した幼なじみの2人、バッテリー崩壊の危機となった事件とは…? 詳しい内容は、中学軟式野球にも詳しいスポーツライター・大利実さんの記事に譲りましょう。10月10日発売『中学野球小僧』11月号を、お楽しみに!

(『中学野球小僧』編集部)

 

2009-09-16

【野球写真館】vol.248 鉄腕再訪

 07年5月2日のブログ記事(http://kozo.weblogs.jp/kozo/2007/05/vol189_4b7a.html)から突然復活した「野球写真館」。もとは『野球小僧』公式HPhttp://www.byakuya-shobo.co.jp/kozo/)でひっそり更新されていたコーナーです。

 編集部写真担当“撮っとこイノ太郎”が、『野球小僧』のドラフト候補選手名鑑やスカウティングレポート用に撮り歩いた写真を紹介します。

vol.248 鉄腕再訪Inao_beppu   

 この春、別府に取材した折、「稲尾記念館」に立ち寄りました。2007年10月、別府市民球場内に開館した“神様仏様”稲尾和久氏の足跡をたどる史料が所蔵された施設です。

 平日昼間のへんな訪問者を出迎えてくれたのが、鉄腕の銅像でした。おじゃましました m(_ _)m

2009年4月16日、別府市民球場(大分県)にて撮影

※このコーナーは隔週で水曜日近辺に更新いたします。

過去、このブログに掲載された【野球写真館】は→こちら
(右側の「カテゴリー」にもリンクがあります)

vol.188以前は→こちらからご覧ください


Ino●撮っとこイノ太郎(イラスト/横山英史)
 1968(昭和43)年、神奈川県生まれ。山羊座のB型で、最近聞かなくなった動物占いではコアラ。『野球小僧』編集部最古参の編集部員にして写真担当。硬式歴は皆無だが、一応右投両打。10年近く前、いろんな出会いに恵まれて『野球小僧』と関わり、現在に至る。02年末に生まれた可愛くて可愛くてしかたがない長女に加え、2006年には待望の長男も誕生した。2児の父となり、公私混同にますます拍車がかかりそうな、39歳。

2009-09-15

編集部員・菊地高弘の「野球楽屋噺」第2回

 先週より始まった、編集部員・菊地の「野球楽屋噺(がくやばなし)」。第1回のラストで毎週木曜日の「『中学野球小僧』の取材日誌」の枠で不定期に更新すると予告しましたが、本人から「あと3回は続いてしまいそう」という申し出を受け、単独記事として独立することにしました! 今後は「岩隈投手」に関する記事を1週間に1回ペースで更新していきます。

※第1回を見ていない方はまずコチラ!
岩隈と対戦できなかった男<1>
http://kozo.weblogs.jp/kozo/2009/09/post-a2af.html

第2回・岩隈と対戦できなかった男<2>

 東京よりもいくらか秋めいてきた仙台駅に長袖のシャツを羽織って降り立った僕は、「きすけ」の牛タンには目もくれず、東口駐車場に向かいました。仙台在住のライター、武藤桂子さんが車で迎えに来てくれていたのです。
Iwakuma02001  武藤さんとは、『高校野球小僧』で花巻東・菊池雄星投手に「読書」についてのインタビューをして以来のタッグ。あの時は菊池投手のおかげで、細胞の内側から震えるようなインタビューができました。このことも、いずれ別の機会で書きたいと思います。
 さて、今回の岩隈久志投手のインタビュー、すでに前日までに簡単な打ち合わせは済ませていましたが、改めて今回の取材主旨を車の中でおさらいしておきました。

【岩隈久志投手(楽天)取材主旨】
▼中学野球小僧11月号(10月10日発売)に掲載
▼東大和シニア時代のエピソード・練習法がメインテーマ
▼岩隈投手の代名詞「しなやかさ」のルーツを探る
▼高校野球に入るまでの準備や入学後の苦労について聞く
▼アマ時代にやっておいて良かったと実感することとは?

 もちろん、上記のことに興味はありますが、僕個人としては何といっても「1999年の夏について触れたい」という願望がありました。
 しかし、取材が決まってから、僕の頭の中で常にとぐろを巻いていたのが「何と切り出せばいいのか…」という思い。仮に僕と岩隈投手が高校時代に対戦できていたとしても、岩隈投手が難物だったとしたら、「それで?」と言われてそれでおしまいです。ましてや「高校時代にチーム同士が当たったけど、対戦すらできなかった」なんて話、岩隈投手にしてみれば、面白くもなんともない話ですよね。僕もまったく知らない人から、したり顔で「この前『中学野球小僧』買いましたよ。『菊地選手』の記事は読んでないですけどね」と言われても、「ハ、ハァ…」と返すしかありません。
 僕は、「なんと言われたら傷つくか」という岩隈投手のリアクションを想像してみました。

岩隈投手に「対戦できなかった話」をしたとき
傷つくリアクションランキング

Iwakuma02002 1位 「それで?
ぐうの音も出ない一言
2位 「へー、そうなんですか
表情を変えずに言われたら死にたくなる
3位 「え、でも対戦してないんでしょ?
ある意味「それで?」と同義
4位 「それ言うためにわざわざ来たんですか?
はい、今すぐ荷物まとめて帰ります
5位 「
無言。それとも無視? 無視だとしたら1位かも
6位 「かわいそうに
頼むから同情だけはして欲しくない
7位 「そんな学校と当たったっけ?
学校の存在すら否定されるとは
8位 「で、オチは?
落語研究会にいたことすら無に帰する無情な一言
9位 「久志だけに『久しぶり』ってとこかな
立場を忘れてイラッときそう
10位 「帰ってくれ!
何かトラウマでもあるのか? と逆に勘繰りたくなる

 なんだか7位以内は、どれも言われそうな気がしてきます…。考えあぐねたあげく、試しに運転中の武藤さんに向かって「僕、高校3年の夏に岩隈のいた堀越に負けてるんですよ。岩隈は投げなかったけど」と言ってみました。
 すると、武藤さんは前方を見据えたまま「へー、そうなんですか」と、答えました。僕はその瞬間、「東京に帰ろうか」と思いました。

(つづく)

※次回は来週21日(月)に更新する予定です!

▼菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年1月2日生まれ。175センチ70キロ、右投左打。中大付高から中央大に進学、中大5年時にブラブラしていたところを『野球小僧』編集部に拾われる。増刊号『高校野球小僧』を担当しているため高校野球を中心に、中学からプロ、果てはカラーボール野球まで幅広く企画・取材している。中大付高時代は野球部主将を務め、中央大では落語研究会幹事長を歴任。『中学野球小僧』誌面にて、中学野球の強豪チームの練習に参加する体当たり企画「菊地選手の1日体験入部」に挑んでいる。

2009-09-14

現役女子大生ライター・山田沙希子の 戦国東都 いぶし銀観戦記(第6回)

夏の暑さにも負けず、戦国東都魅力全開です!

 現役大学生ライターの山田さんが、観戦拠点ホームグラウンドである東都大学リーグで観戦した模様をレポートする「女子大生ライター・山田沙希子の 戦国東都 いぶし銀観戦記」。
 前回予告していた更新月日から大幅に遅れてしまいまして、ご迷惑をおかけいたしました。

 現役大学生ながら、「いぶし銀」の観戦眼をもつ山田さんが、ファンに向けてお届けする東都大学リーグのレポート。いよいよ秋のシーズンがスタートし、楽しみな季節となりました。今回は、どの選手が主役でしょうか? それではスタートです!

                   

090911muramatsu021年時にいきなり大活躍し、一躍話題となった村松伸哉(國學院大)

完全復活の宣言はこの秋に 村松伸哉(國學院大)

 復活の一勝。そう呼ぶにはまだ早いのかもしれない。

 國學院大・村松伸哉(光星学院)の大学デビューは鮮烈なものだった。
 1年春の開幕カードとなる専修大1回戦で先発を任され、初回の先頭打者に投げ込んだ直球は153キロ。東都の最速記録だった。
 この試合で大学初勝利を手にし、春季は3勝を挙げた。そして日米大学野球の代表に選ばれ、大会を通じて抑えとして日本の優勝に貢献。MVPにも選ばれた。
 村松の大学野球生活の始まりは、同学年で同じく代表にも選出された斎藤佑樹(早稲田大)にも劣らないものだった。

 しかし、その年の秋、村松のピッチングは振るわなくなる。開幕初戦の東洋大戦で大場翔太(ソフトバンク)との投げ合いに3対2で敗れると、中1日空けてまたも大場との投げ合いになった3回戦でも完投しながら3対0で連敗。次節の駒澤大戦でも初戦を完投しながら落としてしまい、逃げ切りを狙ってリリーフのマウンドに上がった2回戦では1点差を守りきれずに引き分けに持ち込まれてしまった。そして、翌日の3回戦に先発しノックアウト。青山学院大戦では、3回戦のロングリリーフで気を吐きようやく勝利投手になったものの、続く亜細亜大戦でまたもノックアウト。春にかみ合っていたピッチングの歯車は少しずつ狂いだしていた。

090911muramatsu031年秋以降は勝ちに恵まれず、調子も不安定となり、苦しい投球が続いた

 そして、勝てば最下位回避となる最終カードの立正大戦。2回戦でリリーフ勝利を挙げた村松は、1点を争う展開となあった3回戦でも同点の場面でマウンドへ上がった。
 だが、9回に2四球とヒットで満塁にすると、暴投でサヨナラ負け。整列に向かうこともままならず、味方に肩を支えながらあいさつをした。
 このシーズンを最下位で終えた國學院大は、さらに日本大との入替戦で2連敗し2部降格となる。村松は2戦目に先発したが、1度に2人を返すワイルドピッチで2失点し、降板する内容。被安打は3だが、四死球は6を数えた。

       

 あれから約2年――。以後の村松は苦しみに溢れていた。
 2年春は先発を任されても結果を残せない。シーズン終盤には2学年上の高橋広志(鷺宮製作所)が連日先発し、村松は中継ぎに回った。チームは2部でも最下位に沈み、3部との入れ替え戦で村松が登板することはなかった。
 秋にチームは優勝したが、村松の調子は戻らない。やはり登板機会は8回や9回からなどの1~2イニングスで、多くが追う展開の場面だった。調子が不安定なため、投げてみないと分からない。低くきた投球がベース手前でワンバウンドし、角度が変わってそのままスタンドへ跳ねてきたこともある。きっちりと抑えたかと思えば、翌日は不安が残る内容だったりと、村松に対しての不安は拭い去ることが出来なかった。
 結局、1部との入替戦も登板はなし。しかし、ベンチとブルペンを往復する姿を見ることが何度かあり、投げなくともチームにとってすべきことを村松は分かっていたように思う。
 だからこそ、村松が再び神宮のマウンドで闘志をむき出しにして投げる姿を見たいという気持ちでいっぱいだった。

        

090911muramatsu01イニングを締めて、思わずガッツポーズでマウンドを降りる村松。今秋に完全復活を目指す

 そして今春。國學院大の開幕戦の先発を任されたのは村松だった。
 四球、四球で一気に崩れることはなかったが、それでも四死球が失点に絡んでしまった。3戦目も先発したが、2回途中でKO。
 このカード以降も、なかなか思うような結果を残せない。1学年下の高木京介(星稜)はエースの働きをし、同学年の奥村和久(旭川大高)と埜口卓哉(つくば秀英)はリリーフで安定感のある投球を見せていた。それでもなお、私は村松の活躍を願うばかりだった。
 ようやく訪れた村松の春季1勝目は、チームの最下位の可能性を消し去った最終週の試合。6回を1失点、無四球の内容だった。久しぶりの勝利がチームを救う1勝ということもあってだろうか、試合後に村松は涙を流していた。だが、これで『復活』とはまだ思えない。それは今秋以降のピッチングが示してくれるはずだ。

 負けて泣き、勝って泣き。『村松』と『涙』は今後も離れなさそうだが、次に泣くのは頂点を掴んだその時だ。

※この連載は原則2週間に1度のペースで更新しております。次回は9月第4週の予定です。今後の展開にご期待下さい。

         

●東都大学野球連盟公式サイト
http://www.tohto-bbl.com/

       

■山田沙希子(やまだ・さきこ)
1988年生まれ、東京都出身。東都大学リーグを主戦場とする女子大生ライター。昨年は岩本貴裕(広島)を徹底マークしたため、強打コンビを組んだ中田もくまなくチェックしていた。踏まれてもすぐに立ち上がるド根性が売り。今春発売された書籍『甲子園のキセキ』(日刊スポーツ出版社/矢崎良一監修)の執筆陣に抜擢された。現在、年中仕事募集中。

2009-09-11

ライター・小林美保子の 「関西独立リーグ応援キャンペーン中です!!」第7回

▼激動の関西独立リーグを応援する取材記事です!

 日本で3番目に誕生した独立リーグ・関西独立リーグ。運営会社の名称が「関西・東海独立リーグ」に改まることが決まるなど、状況はまだ不安定な部分もありますが、現場の選手やスタッフは目の前の状況の中で成功させようと、リーグ戦に、チーム運営にと必死に取り組んでいます。
 そんなリーグを「応援したいです!」と名乗りを挙げてくださった地元・明石在住の女性ライター・小林美保子さんが、自ら取材・執筆を担当する「関西独立リーグ応援キャンペーン中です!!」。選手ネタや周辺ネタなど、興味の惹かれることを取材していきながらリーグを盛り上げていく所存です。
 関西独立リーグ大好きの方、あるいはちょっとだけ興味のある方、いや、今までまったく見向きもしなかった方にもぜひ目を通していただきまして、「新聞ネタ」以外のリーグの姿を知って欲しいと思います。
 それではスタートです!

            

ライター・小林美保子の 「関西独立リーグ応援キャンペーン中です!!」  
拝啓、全国の“藤本祐樹”ファンのみなさまへ

090911fujimoto【プロフィール】
藤本祐樹
(大阪ゴールドビリケーンズ)

ふじもと・ゆうき
1986年2月5日生まれ、大阪府大東市出身。右投右打/179センチ、80キロ。柏原高校(現東大阪大学柏原高校)中退後、6年間地元の軟式野球チーム・新田(しんでん)クラブに所属。背番号25、内野手。

 シーズンも終盤へと。悔いの残らぬよう、野球観戦してますか?
 さて今回ご紹介するのは、「大東市のゴリラ尻」と呼ばれる男。尻もでかいが、器もでかい。軟式出身、大阪ゴールドビリケーンズ藤本祐樹選手です! 「普段はおとなしいけど、酒を飲むとね…」と、村上隆行監督。これ以上は、ココでは言えません。監督曰く「551があるときと、ないときくらい違う」らしいっす(関西の人しかわからないっすね)。

 余談ですが、大阪には、碩野佑紀永峰由貴北風裕貴、そして藤本祐樹。紀州レンジャーズには、松井勇気西本祐規。つまり、関西独立リーグには、計6人の「ゆうき」がおります(もし忘れられたゆうきがいたら、ご一報ください)。パソコンが賢くなったとはいえ、名前の漢字変換を間違えぬよう、気をつかう今日この頃です。全国の「ゆうき」フェチの皆さん、関西独立リーグを見に来れば、いろんなゆうきに会えますよ。
 関西方面に来られる際は、ぜひナマ観戦を!

 では、これからもよい野球を!  また球場で会いましょう! 

                                      敬 具

           

第7回 この選手にエールを(6)
藤本祐樹(大阪ゴールドビリケーンズ)  

「4番目の打者だと思ってます」

090911fujimoto3不動の4番打者として、チームでの信頼はピカ一だ

 気がつけば、大阪ゴールドビリケーンズの不動の4番。
 左打者が多いチームの中で、「右の藤本が“どっしり”いてくれる」と、村上監督からの信頼も厚い。「ぼけてるところがありますからね(笑)。あいつはプレッシャーに強いですよ」。4番だからといって変に意識しない性格が、4番を任せる理由でもある。

 高校1年のとき、腰とヒザの故障が原因で、野球をやめざるをえなくなった。推薦入学だったため、高校も同時に中退。仕事を始めた。悔しくて「高校野球を見るのもイヤだった」という、当時の生活。
 約1年のブランクを経て、地元の軟式野球チームに入った。内野のレギュラーとして活躍し、2005年にはサンスポ野球大会で日本一にも輝いている。
 硬式野球をやることは「もうあきらめていた」が、関西に独立リーグができるので一緒にトライアウトを受けてみないかと、3つ上のお兄さんに誘われた。

「記念に受けてみようと思った。思い出づくりのような感じでした」

 トライアウト実施日まで、2カ月もなかった。軟式では、バットはビヨンドを使用していたので、木のバットを買ってバッティングセンターなどで練習。芯をはずすと強烈に痛い木のバット。二次テストに進む頃には、「手の親指がぱんぱんに腫れていた」。
 合格はしたものの、「最初は練習についていけるかも不安だった」。また軟式と硬式では、打撃感覚の違いも大きい。軟式ではヘッドを走らせるとボールがつぶれてしまって飛ばない。「ヘッドを走らせるように」指導を受けた。最初は振り切れなかったが、持ち前の柔軟性で対応していった。

090911fujimoto2長く軟式でプレー後、関西独立リーグに入るという経歴の持ち主だが、今では木製バットにも見事に対応している

 「しつこい。2-3からでも粘りがある。頼りになる男です」と、村上監督。
 「広角に打てる」打撃が魅力の23歳。好きな選手は、レイズの岩村明憲。「何事も苦しいことが礎となる」の意味をもつ「何苦楚魂」で、目指すは打点王!

        

■チーム情報、試合日程などを知りたい方は、大阪ゴールドビリケーンズのホームページへ。
http://www.osaka-goldvillicanes.com/

      

(取材/構成 小林美保子)       

      

【ライタープロフィール】    
小林美保子(こばやし・みほこ)
兵庫県在住のライター。スポーツライター事務所を経てフリーとなり、『野球小憎』などに寄稿。携帯サイトでは『カズ山本の野球人生相談』を担当。プロ野球はパ・リーグ党でファーム好き。趣味は相撲の稽古見学。

この連載は原則として毎月第2、第4週に更新致します(諸事情等で多少変動する可能性がありますのでその点はご了承下さい)。次回は9月第4週の予定です。お楽しみに。

2009-09-10

編集部員・菊地高弘の「野球楽屋噺」

 突然ですが、今日から編集部員の新連載コーナーがスタートします。担当するのは『中学野球小僧』誌面で「菊地選手」として登場する菊地高弘編集部員。取材・企画の舞台裏を「楽屋噺(がくやばなし)」としてお伝えしていきます。第1回はちょっと長いですが、本人曰く「僕の野球人生すべてを込めた」という入魂の手記ですので、自己紹介代わりにお楽しみください!

第1回・岩隈と対戦できなかった男<1>

 脚がガタガタと揺れる小さな円卓で、いつものように簡単な打ち合わせが開かれたときのこと。「中学野球小僧のミポリン」と呼ばれる先輩が「キクリン、岩隈の取材申請よろしくね」という指令を出しました。

Iwakuma0101  「岩隈」とは、当然、東北楽天ゴールデンイーグルスのエース・岩隈久志投手のことです。
 岩隈投手と僕には、「深からぬ」因縁がありました。
 「深からぬ」と書いたのには、深い理由があるのです。今日は、そのお話をさせていただいてもよろしいでしょうか。

 今からちょうど10年前の1999年、僕は東京の名もない高校の球児でした。
 3年最後の夏、初戦となる2回戦を15対0の5回コールド、3回戦を7対2と順調に勝ち上がった僕らは、4回戦でシード校の堀越高校と対戦しました。そのエースは「岩隈久志」という、プロ注目の投手でした。

 初めて岩隈投手を見たのは、3年春の練習試合のときだったと記憶しています。
 当時の岩隈投手は、「長身痩躯」という言葉では足りないくらい、信じられないほどにガリッガリでした。
 試合前ノックでサードのポジションについた岩隈投手は、その体型から一際目に付き、そしてムチよりもしなる腕の振りから、恐ろしい送球を放っていました。他の選手の送球ははっきりとボールの「円」が見えるのに、岩隈投手だけ楕円形のボールを使っているんじゃないかと思うくらい、ボールの原型が見えなかったのです。マウンドから全力投球したら、一体どんな形になってしまうんだろうと戦慄しました。
 その練習試合では登板はおろか、試合出場すらなかった岩隈投手。その時はまさか、最後の夏に堀越と戦うとは思いもしませんでした。

 逃れられない暑さに覆われた7月の立川市民球場。ライトのポジションで芝生から立ち上る異常な熱気にひたすら蒸らされ、なかなか終わらない相手方の攻撃に文字通り業を煮やして、「早く試合が終わらないかな」という想念が一瞬よぎってしまったことを覚えています。
 そう思った時点で負けなのでしょうが、それも無理のない暑さだったのです。今もナメクジに塩を振るたびに、あの夏の暑さを思い出します。

 1対11。5回コールドで、僕の最後の夏は終わりました。
 そのマウンドに、最後まで岩隈久志が立つことはありませんでした。
 2番手の投手に投げ切られてしまったのです。

 曲がりなりにも「例のマンモス球場」を毎日思い浮かべながら2年半を過ごしてきた僕らにとって、「エースの投げない相手にコールド負け」という事実は、あまりに容赦のない現実でした。
 試合終了後、3年生20人全員で寄った立川のデニーズで、禁止されていた炭酸飲料を飲みながら、僕らは負ったばかりの痛手を忘れるようにはしゃぎました。
 その後、20人の坊主軍団はゲームセンターへ、カラオケへと移動して、高野連が知ったら顔をしかめるくらい、バカ騒ぎしました。僕は『別れても好きな人』を一人デュエットで歌ったという記憶があります。20人全員が「もう野球はいいわ」と思っていたんじゃないでしょうか。堀越がベスト4で負けたことは、新聞で知りました。

 野球はアウトカウントを1死、2死と、「死」という漢字で表しますが、今の岩隈久志というステータスがあるのは、岩隈投手の前に葬られた何万という「死」が折り重なるように積まれてきたからです。
 僕はその一体の屍にすらなれませんでした。岩隈投手が対戦後に「いいバッターだったな」と、「記憶」という墓標を立ててくれる可能性すらありませんでした。

Iwakuma0102  岩隈投手はプロ2年目にプロ初勝利を挙げ、日本シリーズで先発マウンドに立つまでの存在になりました。一方、その頃の僕は、大学で落語研究会に入り、高座に座っていました。
 ドラフト5位でプロ入りしながら、想像を超えるスピードでのし上がっていく岩隈投手に、僕はただただ驚かされるばかりでした。そして「俺、高校のときに岩隈と対戦したことがあるんだぜ」という、野球人にありがちな自慢をすることすらできない自分という存在の小ささを、その頃はっきりと自覚しました。

 その後、巨人のプロテストを受験したり、四国独立リーグや欽ちゃん球団のトライアウトを立て続けに受けたのも、「本当は自分も岩隈みたいになれるんじゃないか?」という確認作業だったように思えます。ちなみに入団テストは、箸にも棒にも、爪楊枝にも引っ掛からず、ことごとく落っことされました。

 あれから10年――。
 「岩隈と対戦できなかった男」が、岩隈投手に会いに行くことになりました。

(つづく)

※この連載は毎週木曜日の「『中学野球小僧』の取材日誌」の枠で不定期に更新します!

▼菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年1月2日生まれ。175センチ70キロ、右投左打。中大付高から中央大に進学、中大5年時にブラブラしていたところを『野球小僧』編集部に拾われる。増刊号『高校野球小僧』を担当しているため高校野球を中心に、中学からプロ、果てはカラーボール野球まで幅広く企画・取材している。中大付高時代は野球部主将を務め、中央大では落語研究会幹事長を歴任。『中学野球小僧』誌面にて、中学野球の強豪チームの練習に参加する体当たり企画「菊地選手の1日体験入部」に挑んでいる。

2009-09-09

『野球小僧』10月号が9月10日に発売

▼お待たせしました! 年に1度のドラフト特別号です!

       

 みなさん、こんにちは!
 甲子園、都市対抗が終了し、秋の大学野球が始まるこの時期、いよいよドラフト会議向けた動きが出てきます。そのタイミングに合わせて『野球小僧』10月号が、いよいよ9月10日に発売です。

 今号は、通常より約30ページ増の特別仕様256ページでありながら、その200ページ以上をドラフト関係の記事投入しております。巻頭の「ドラフト候補&有望選手名鑑〈145名〉」に始まり、定番の「プロ野球12球団・ドラフトの焦点」、そして「ドラフト候補&監督直撃インタビュー」は過去最大人数の35名の有望選手と監督のインタビューが掲載されています。

 また、菊池雄星(花巻東)や今宮健太(明豊)、筒香嘉智(横浜)、今村猛(清峰)、そして長野久義(Honda)といった、ドラフト上位候補のロング記事も充実。トドメは「流しのブルペンキャッチャー」や、ドラフト候補400名が掲載されている「ドラフト候補&有望選手リスト<400名>」などなど。10月29日のドラフト会議当日まで飽きることなく迎えられる情報が多数集まっております。

 1年間の総決算として編集部が総力を挙げて完成させた『野球小僧』10月号、ぜひ、明日一番で本屋さんにダッシュでお買い求め下さい。

※『野球小僧』は全国有名書店で取り扱っています。もしない場合は、書店で注文するか、白夜書房のHP(http://www.byakuya-shobo.co.jp/)で購入できます。

       

野球小僧10月号

Kozo_0910_2ドラフト大特集
【208ページにわたる『野球小僧』の1年間の総決算!!】
ドラフトスカウティングレポート2009 最終号

       

【2009年ファイナルバージョン】
ドラフト候補&有望選手名鑑〈145名〉
~はたしてこの中から今年は何名の選手が指名を受けるのか~

        

◆今年は“不作”が叫ばれる中、お薦め選手をピックアップ!
プロ野球12球団・ドラフトの焦点 ~2009年のドラフト補強ポイントを詳細にチェック

【ドラフト当日を前に予習と復習】2009年ドラフト会議の流れと候補選手の傾向

●セ・リーグ
読売ジャイアンツ/中日ドラゴンズ/東京ヤクルトスワローズ/阪神タイガース/広島東洋カープ/横浜ベイスターズ
●パ・リーグ
北海道日本ハムファイターズ/福岡ソフトバンクホークス/東北楽天ゴールデンイーグルス/埼玉西武ライオンズ/オリックス・バファローズ/千葉ロッテマリーンズ

       

ドラフト候補&監督直撃インタビュー
■過去最多となる35名のドラフト候補&有望選手に直撃!
《高校生投手》
中村 勝(春日部共栄高校)/小川 龍也(千葉英和高校)/眞下 貴之(東海大学付属望洋高校)/安斉 雄虎(向上高校)/渡辺 圭(東海大学甲府高校)/川原 弘之(福岡大学附属大濠高校)
《高校生捕手》
中村 亘佑(横浜商科大学高校)/松尾 明暢(飛龍高校)/鬼屋敷 正人(近畿大学工業高等専門学校)/小関 翔太(東筑紫学園高校)
《高校生野手》
陽川 尚将(金光大阪高校)/西田 哲朗(関西大学第一高校)/中下 敬二郎(尾道高校)
《大学生投手》
大塚 豊(創価大学)/二神 一人(法政大学)/湯本 五十六(専修大学)/祖父江 大輔(愛知大学)/藤原 正典(立命館大学)/門脇 康太(福岡大学)/山内 晴貴(九州共立大学)/古川 秀一(日本文理大学)
《大学生捕手》
山村 裕也(大阪商業大学)
《大学生野手》
中田 亮二(亜細亜大学)/荒木 貴裕(近畿大学)/加藤 政義(九州国際大学)/松井 佑介(東京農業大学)/中原 恵司(亜細亜大学)/藤川 俊介(近畿大学)/甲斐 雄平(福岡大学)
《社会人投手》
湊 倫也(JR北海道)/阿南 徹(日本通運)/佐藤 卓真(東京ガス)/中澤 雅人(トヨタ自動車)
《社会人野手》
荻野 貴司(トヨタ自動車)/大島 洋平(日本生命)

        

安倍昌彦「流しのブルペンキャッチャーの旅」
ドラフトを控え、ミットを引き裂く高校3年生を受けた! 
下沖 勇樹(光星学院高校)/佐田 聡一郎(糸島高校)

★ドラフト候補11名を隅々までチェック!
野球小僧の[夏の甲子園]採点表 本誌ライター陣が未来のスターをクロスレビュー

◎春の敗戦から執念を燃やす今宮健太(明豊)
菊池雄星のインコースを打つ! ~春夏の対戦を今宮目線でリアルに検証~

渡辺元智監督、小倉清一郎部長が認めるすごいヤツ
横浜高校史上最強打者・筒香嘉智 ~「歴代ナンバーワンは筒香でしょう」~

菊池雄星打ち込まれる! その試合をどう思うのか?
今村猛(清峰)が見た「花巻東対長崎日大」 両雄とガチンコ勝負した視線がポイントを鋭く突く

流しのブルペンキャッチャー安倍昌彦が盛夏の「スカ旅」をレポート
激痛! スカウティング旅情 ~千葉・浦安で、強肩強打の1番センターを直撃

▼番記者が定点観測
[ドラ1候補]番 ~実りの秋に向けて見逃せない最新情報~

長野久義(Honda)のルーツを訪ねて
細くて小さな少年が花開くとき ~恩師や旧友が語る知られざるエピソードの数々

四国・九州、BC、関西・・全リーグの有望選手を完全網羅
独立リーグ・スカウティングレポート 各リーグの有望選手10名のリストつき

社会人野球熱烈応援キャンペーン
"エキサイト社会人"大作戦 ~企業チームの新たな道を開いた新日鐵に聞く! の巻~

「読者スカウト」が贈る地域限定情報
局地的スカウティングレポート 第7回《北海道・メロンリーグ編》

発祥の地・アメリカに学ぶ
ドラフト制度大研究 ~野球以外のスポーツはどういうシステムなのか~

●2009年ドラフト前・完全版
ドラフト候補&有望選手リスト<400名>

炎のストップウオッチャー――第37回
イチローのタイミングを測定する
第2部・甲子園出場投手クイック名鑑
キビタキビオ

★一流選手の感覚をタイツ先生が体感翻訳!
タイツの部屋
第2回/草野大輔(楽天)・天才はなにゆえ天才なのか!?

《野球小僧ノンフィクション》
☆地元紙は、いかにして高校野球と向き合っているのか
"埼玉新聞流"高校野球取材法 「我ら、一丸となって158校の情報を伝える!」
――大手一般紙、スポーツ紙が舌を巻く取材活動のすべて
岡邦行

【野球小僧のための野球考古学・】
日本野球文学史 ~文学そして文人が伝えてきた野球~
田沼雄一

日本じゃ報道されない米国野球事情
「トレード」の効果と有効期限について考える
大冨真一郎

        

読者コーナーも盛り上がっています! 面白い投稿、常に募集中です

        

(『野球小僧』編集部)                               

2009-09-08

「ベースボール・ディアスポラ(野球離散民)を訪ねて」 第11回

090908maeda01 『野球小僧』編集部ログでしか読むことの出来ない「流離いの海外野球放浪観戦者(?)」こと石原豊一さんによる海外野球紀行。これまで、「イスラエル野球紀行」、「メキシコ・ウインターリーグ紀行」、「ニカラグア野球紀行」と連載してきましたが、ついに第4弾の登場となりました。
 タイトルはズバリ! 「ベースボール・ディアスポラ(野球離散民)を訪ねて」。
 これまでの海外野球紀行シリーズとは異なり、石原豊一さんが、野球を求めて世界を巡る“ディアスポラ”(野球離散民)に迫り、その声を聞くという構成です。

 記念すべき1人目は、日本、アメリカ、イタリア、中国、台湾と世界のマウンドを経験し、いまだ現役で投げ続けている前田勝宏投手(明石レッドソルジャーズ)。多くの国を渡り歩いたあと、日本に帰国してのエピソードです。
 前田投手のこれまでの野球人生の軌跡や、そのときの心理について石原さんが迫ります。
 それでは、お楽しみ下さい。

▼石原豊一さんの過去の紀行文のリンクはコチラ
①イスラエル野球紀行→http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat2140867/index.html
②メキシコ・ウインターリーグ紀行→http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat82358/index.html
③ニカラグア野球紀行→http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat4323204/index.html

   

★長崎セインツの厳しい船出

 2005年に暗中模索の中発足した日本の独立リーグも4年目を迎えた頃には、NPBへも多くの選手を送出し、その中から1軍でプレーする選手も出てくるなど、一定の評価を得るようになってきた。
 しかし、このこの年発足したばかりの四国・九州アイランドリーグの長崎セインツは、プロとは名ばかりの素人集団といっていいほどの戦力だった。同じ新規参入球団の福岡レッドワブラーズがエクスパンションドラフトで既存チームから選手を多く獲得したのに比べて、既にクラブチームとして活動をしていたこともあり、基本的には自前で選手を獲得、他チームからの補強はわずかにとどまった。
 関西独立リーグ・紀州レンジャーズ監督の藤田平氏は言う。

「レンジャーズの選手の中でも他の独立リーグを経験している選手とアマチュア経験しかない選手は大きく違う。その違いは技術的なものよりも体力的なものが大きい」

 1年間野球に没頭し、アマ時代には考えられなかった連戦をこなした独立リーガーは、やはりプロにふさわしい体力を身につけるのだ。アイランドリーグ1年目のセインツの選手にはこのプロとしての体力のないものが多くいた。

 この「アマチュア集団」にいきなり「プロとは何ぞや」を叩き込もうとした指導者にも問題があったと前田は回想する。

「あの子らにわからん世界のことをゆうてたからね」

090908maeda02外国のプロ野球をめぐり巡って、ようやく日本に戻ってきた前田勝宏投手(写真は明石レッドソルジャーズでプレーする今季の姿)

「プロ」になれなかった選手たちにNPBという一流の世界の技術論・精神論はすぐにはしみこんでいかなかった。彼らに必要だったのは、おそらくそれ以前の体力だったのだろう。それは独立リーグで1年間泥にまみれて初めて身につくものであり、その先にプロとしての技術・心構えがついてくるということを、このチームの指導者は理解していなかった。

 その上、選手起用にも大きな問題があったと前田は加える。

「ゴマするやつばっかり使こてましたからね」

 プロ入りまで、野球のエリート街道を歩んできた前田にとって、野球の実力以外のものでポジションを獲得しようとする選手や、その口車に乗せられて選手起用を見誤る指導者の存在は許しがたいというより、信じがたいものだった。

 確かに日本の野球のトップリーグであるNPBでも、監督の嫌悪によって選手の起用が左右されることは、しばしば報道されることではある。前田自身も日本球界に復帰したとき受けた「仕打ち」が、自身の力量に見合ったものではないことを感じている。
 しかし、組織として選手起用に情実が絡む土壌のあった球団は、常勝チーム足りえず、実力主義の徹底した球団は常に優勝争いを演じることを彼は感じた。

「だから、やっぱり西武は強かったんやなって、中日行って思いましたわ。試合に出れんは出れんで、それなりに納得はいきましたからね」

        

★セインツは09年前期優勝、その時前田は…

 セインツは開幕直後から連敗を重ね、8勝24敗という記録的な成績で前期を最下位で終えた。成績が悪ければチーム内、球団とスタッフの間に不協和音がでるのは常である。アイランドリーグ史上初めてシーズン途中に監督が解任、球団は地元出身の元日本ハムのリードオフマン・島田誠に次期監督を要請するが、他の仕事を優先したい島田との交渉はうまくいかず、結局島田を「総監督」として、経験豊富な前田を「代行」として指揮を執らせることにした。
 事実上の兼任監督を押し付けられても月25万円の給与が上がるわけでもなかったが、前田はこれを二つ返事で引き受けた。

 人心も一新され、選手たちにプロとして一番大事な体力のついた後期シーズン、長崎セインツは一時は5割を越える勝率を上げるなどその成長を見せた。結局は18勝21敗の5位に終わるものの、一時は3位にもつけた後期の躍進は、世界中のマイナーリーグを渡り歩いた前田の経験が長崎ナインに浸透した結果だと言ってよい。

 2009年7月、セインツは参入2年目にして前期優勝を飾った。しかし、その歓喜の輪の中には前田の姿はなかった。

      

 長崎球団が初優勝を飾ったその同じ日、彼の姿は閑古鳥の鳴く高砂球場のベンチにあった。

         

〈次回はいよいよ最終回です〉 ※作者取材のため、次回更新は9月4~5週目の予定です

        

■石原豊一(いしはら・とよかず)
1970年生まれ、大阪府出身。圧倒的な行動力で、これまでアジア、アメリカ、中南米、ヨーロッパなどを渡り歩く「流浪の野球好き」。すでに世界各国200を超える球場で野球を観戦してきた。昨冬は南米・コロンビアに飛び、現地の野球を体感してきた。

2009-09-07

谷上史朗レポート ナニワのゴジラ奮闘記-第112回-

090907okada_hr03 2006年4月1日より始まったオリックス・バファローズ岡田貴弘選手レポート。『野球小僧編集部ログ』の看板記事として月3回の更新ペースで3年間続けてきましたが、4年目のスタートをひと区切りとして、今年4月から毎月1回に凝縮した形で再スタートいたしました。

 大阪・履正社高校時代、その風貌やスケールの大きな打撃がヤンキース松井秀喜選手を彷彿とさせることから、「ナニワのゴジラ」という異名がついた岡田選手。彼が奮闘する姿を、高校生の頃から取材し続けてきたライター・谷上史朗氏の視線でお届けいたします。

 2005年の高校生ドラフトで、オリックスに1巡目で指名されて入団後、主としてファームで経験を積んできました。これまで調子が上向いては下降して悩む…の繰り返しでしたが、昨年秋頃からこれまでにないきっかけをつかみだし、4年目となる今年、ウエスタンリーグで好成績を挙げ、ついに5月に1軍昇格を果たしました。このときは残念ながら結果を残すことが出来ず、再び2軍落ちとなりましたが、再び昇格となった8月。ついに…。と、この模様は本文をご覧下さい。

 それでは、スタートです。

         

★プロ入り初本塁打を打った日にスカイマークスタジアムへ

 今回はスケジュールが立て込み、更新予定がずれ込んでしまったが、すでに皆さんご存知の通り、ゴジラパワーも随所に見せつけながら岡田は1軍で奮闘の日々を送っている。振り返ることも多くあるが、やはり今回は8月14日に飛び出した記念すべきプロ第1号にスポットを当てて書いてみたい。

 今思い出してもいいホームランだった。
 個人的なことを言わせてもらえば、ホントによくあの日に打ってくれた。再昇格が決まった朝、父・秀和氏から連絡をもらい、そのことを知った。僕は甲子園取材の真っ最中で、その一報もネット裏の記者席で受けた。
 ただ、当日は第3試合まで取材することになっており、夕方からは大阪で別の取材が入っていた。夜は夜でその日見た戦いの原稿を書かなければならず、当初は観戦を断念するつもりだった。
 しかし、オリックスの試合予定を確認すると、翌日、翌々日は京セラドーム大阪でのデーゲーム。これは甲子園取材と重なるので見られない。さらにそのあとは、千葉、宮城遠征…。となると、当面は今日見ておかないと見られるときがない、ということで思い直し、17時過ぎに大阪での仕事を終えると、あとのことは棚上げにして、電車に飛び乗りスカイマークスタジアムへ向かった。

         

★ついにやってくれた! プロ入り初ホームラン

090907okada_hr01_2 この時を待っていた。低めのボール球だったが、バットを一閃すると、高々と上がった打球はそのままレフトスタンドに吸い込まれていった

 ネット裏にある第2記者席へ駆け込んだ、まさにその時、「7番ファースト岡田」のアナウンスがスカイマークスタジアムの美しい場内の風景に重なって流れた。
 注目の第1打席は、ソフトバンク先発・ジャマーノの外寄りに流れるチェンジアップ系の球に途中でバットを止めるも、これが小飛球となってレフト前に落ちるラッキーなヒット。内容はともかく、打席の雰囲気に「やってくれそうな」予感が走った。さすがにこれだけ見続けてきた効果か、最近は打席からの気配でかなり結果が見えてくるようになった。

〈かなり期待できる!〉

 2打席目は2-2から抜いたカーブにタイミングが合わず空振りの三振。それでも僕の思いは変わらない。

〈コースひとつ甘いところにくれば…〉

 そして3打席目。予感はますます高まり、中段にある第2記者席を離れ、カメラを持ってネット裏スタンドの最前列にまで降りた。なんとか岡田のプロ1号をこの目で見たかったし、できればその瞬間を写真に収め、このブログでも紹介したいと思っていた。
 期待十分にカメラを構えたその時…。
 やってくれた!
 0-1からの真ん中低め、やや内寄りのチェンジアップ。僕の目線の10数メートル先だったが、キャッチャー田上秀則のミットは岡田がスイング直後には地面に着いていたほどの低めだった。それをあそこまで、しかも逆方向に放り込むとは、さすが!
 打球は高々と上がった。ただ、これもここで何回か書いてきたように岡田の持ち味で、一見、上がり過ぎたように見えながら、上空でグンッ、グンッ伸びるのだ。まさに岡田らしい一発が記念すべきプロ1号となった。
 決定的瞬間を何とかカメラに収めると、同時に僕は左手を握っていた。入った瞬間にはホントに全身に震えがきた。いやあ、いいホームランだった。

 試合後、僕が岡田を追いかけていることを知っているサンテレビの湯浅明彦アナウンサーから「見れて良かったですねえ」と声をかけられた。「これだけ追いかけてきて第1号を見れなかったら泣くに泣けないですよね」と。
 まさにその通り。本当にいい日に打ってくれた。来て良かった…。

          

090907okada_interview02_2初ホームランに続いて初のヒーローインタビューに対応する岡田

★初々しいヒーローインタビュー

 その後、スタンドで秀和氏と会いガッチリ握手。この日は「岡田貴弘選手を応援する会」のY氏もスタンドに駆けつけていたが、飛び上って喜んでいたことだろう。そしてもちろん、アーチスト誕生の瞬間を目の当たりにした多くのオリックスファンも。

 試合後の岡田は初のお立ち台へ上がった。
 僕もグラウンドへ出て、カメラマンの中へ交じりシャッターを押した。途中、言葉がもつれる初々しさも見せながら、岡田は「2軍で頑張ってきて4年間、関わってきてくれた人に感謝したいです」と思いを語っていた。
 それから今度はベンチ裏の通路で記者に囲まれ、やはりまだまだ慣れない「囲み取材」に突入。

「1打席目のヒットでホッとしたところはありましたし、2打席目も振れてたんで。完璧にとらえきれてはなかったですけど、自分のスイングは出来たと思います」

「下に落ちてからもすぐ調子もよくなったんで、何とか今回は結果を出したいと思ってました」

「下半身ががっちりしてきて、少々詰まったり、打ち損なっても体の力がボールに伝わってある程度距離は出るようになりました」

「一本ホームランも出てホッとした部分もありあすけど、明日からが大事なんでまた頑張っていきたいです」

 2009年、8月14日、オリックスに待望久しい、日本人アーチストが誕生した。

       

★オリックススカウト陣も笑顔

090907orixscout翌日の甲子園のスタンド。オリックスのスカウト陣の会話にも前夜の岡田の話題が挙がった

 翌日の甲子園球場のネット裏席。
 オリックスの編成担当、スカウトが並ぶ一角へ向かうと宮田隆さんからは「おめでとう」。堀井和人さんからは「やりよったなあ」と、声をかけられた。
 スポーツ新聞を広げながら、どの顔も笑顔だったが、話の中ではみな岡田のパワーに驚いていた。「あの打球で入るか」「打った瞬間はレフトフライかと思ったわ」「いやいや、ショートフライかと思ったで」…。人を見ることを仕事とする人たちが改めて規格外の「飛び」に脱帽していた。
 思い起こせば、今年の1月には熊野輝光編成部長が「大きいのを打てる打者をリストアップしたい」と発言していたこともあった。この話題はここでも触れたが、伸び悩む岡田を刺激するような一言だった。しかし、今年の成長でドラフト戦略もいろんな意味で変わってくるのだろう。

      

★1試合1試合が成長の糧に

 第1号以降の岡田は順調にホームラン数を伸ばし、再昇格から11試合で5本のハイペースで打った。ただ、そのまま突っ走れるほど甘くないのはもちろんのことだ。
 初ホームランの直後、スカイマークのスタンドからサーパスの藤井コーチに連絡を入れると、喜びのコメントの最後に「しばらくは打つと思いますよ」と加えた。プロの厳しさを込めた一言だったが、実際、言葉通りの感じになってきた。

 8月30日に5号を打った試合後、秀和氏から連絡をもらった。「これで5本とも全部違う球団からですよ。1号から5号で、この短期間で5球団から打つって珍記録ですかね」と笑っていたが、それだけ早く各球団に「ゴジラパワー」を見せつけたということ。当然、2カード目からは攻めもより厳しくなってくる。
 これまで見ていても、攻め方とすればストレートは見せ球、ストライクで使うなら内角が基本。勝負球はタテのカーブか落ちる球が多く、それがない右投手はインコース膝元へのスライダー。特にタテのカーブのチェンジアップ効果に崩され、片手で空振りというシーンはたびたび目にした。初ホームランもそうだったように、岡田は低めにツボを持つ。だからなおのことその近辺に手が出る。
 低めを好み、本人も自分の持ち味を十分わかっているだろうから、そこでバットが下から出ていきやすくもなる。ここは課題と言えば課題だが、とにかくその振りは速く、力強い。空振りの迫力、スイングの角度に、かつてのホームラン王で三振王でもある近鉄・ブライアントを思い出すこともあった。ピッチャーにすればいくら穴が多いとは言え、あれだけ振られるとイヤだろう。ここは今のまま続けてほしい。

090907okada_interview01この先、こうした光景を無数に見られるかどうかは、今後予想される厳しい攻めに対しての対処にかかっている。1軍での経験を糧にしてさらなる飛躍を遂げて欲しい

 あとは振りながら、少しづつ低めを見極められるようになれば、確実に率も上がりホームラン数も増えていくはず。課題が多い分、その成長を見る楽しみもある。たとえば、29日の対戦で3三振を喫した岸孝之(西武)などは、ストレートの質が高く、タテのカーブもいい。今の岡田にとっては最も手こずる相手の1人だが、成長を図るには格好の相手でもある。あの低めのカーブを見極め、インコースの真っすぐをファウルできるようにでもなれば…。次の対戦は注目したい。
 そうして1つ、1つ課題をクリアしながら、苦手コースが消え、階段を上っていくのだ。
 ファンの人たちも焦らず、打率が下がろうが、三振が増えようが、当面は温かく、ゴジラの奮闘ぶりを見守ってほしい。そして、もちろん、球団にはシーズン最後まで腹を決めてしっかり使い切ってほしい。

      

(取材・文/谷上史朗)

この連載記事は以後、毎月5日近辺の更新に変更することになりました。次回は10月5日頃の予定です。ご迷惑をおかけしますが、今後とも「ナニワのゴジラ奮闘記」をよろしくお願いいたします。

2009-09-04

「ナニワのゴジラ奮闘記」更新予定のお知らせ

 毎月1日頃に更新予定の「ナニワのゴジラ奮闘記」ですが、諸般の事情により今回の更新を来週初旬に変更致します。

 いつも楽しみにされている読者の方にはこのところ大変ご迷惑をおかけ致しますが、今しばらくお待ち下さい。

 よろしくお願いいたします。

(編集部&谷上史朗)

高校生のプロ志望届受付開始

▼締め切りは10月15日

 10月29日のドラフト会議に向けて、いよいよ日本高等学校野球連盟が「プロ志望届」の受付を開始いたしました。
 独立リーグを含め、プロ野球のチームに所属することを希望する場合は提出しなければならないこの制度。以前のような「名前も聞いたことがない」選手のサプライズ指名の楽しみは減ることになりますが、提出状況をチェックすることにより、指名が有力な選手がプロ志望なのか進学・就職が確定しているのかがより明確になりました。
 ただ、提出時期については選手によってまちまちなので、マメなチェックは必要です。日本高野連では、公式サイトにてその日の情報を更新しておりますので、以下にリンクを置いておきます。

 また、大学生選手についても、リーグ戦途中でプロ志望を表明する選手も出てくる可能性があります。いずれ全日本大学野球連盟に向けた志望届の提出を受け付けることになりますので、今後は両方とも確認することをお薦めいたします。

 いよいよ、ドラフトに向けた動きが表面化してきますね。これからの約2カ月間は目が離せません。

      

■日本高等学校野球連盟公式サイト
http://www.jhbf.or.jp/

         

■全日本大学野球連盟公式サイト
http://www.jubf.net/

         

(編集部・田中)

2009-09-03

『中学野球小僧』11月号の取材、スタートしています!

 みなさん、こんにちは!
 編集部がある東京都内は、ここ数日とても涼しいです。現在、9月10日発売『野球小僧』10月号の作業がラストスパート中ですが、夜、編集部を出る頃なんて寒いぐらいです。すっかり秋ですね~。

Shobayashi全中優勝投手となった正林大樹投手は、エースでキャプテンで1番打者。決勝戦でノーヒットノーランを達成!

 と言いつつ、10月10日発売『中学野球小僧』11月号の企画会議は白熱! そして、すでに取材がスタートしています。
 先日は、全国中学校軟式野球大会(全中)で優勝を飾った佐賀・佐賀市立諸富中学校へ。チームを指導してきた園田照男コーチと、エース兼キャプテンの正林大樹選手を直撃してきました。全中優勝チームの指導者とエース兼キャプテンの話がまとめて読めば、強さの秘密がわかるはず…。10月10日の発売日まで、今しばらくお待ちください!
 もちろん、その他の企画も充実させます。プロ野球を代表する、快刀乱麻のあのエースも登場! その様子は、また次回以降にお伝えします。(←じらしちゃってスミマセン)

(『中学野球小僧』編集部)

2009-09-02

【野球写真館】vol.247 ベーブ・ルースの野郎

 07年5月2日のブログ記事(http://kozo.weblogs.jp/kozo/2007/05/vol189_4b7a.html)から突然復活した「野球写真館」。もとは『野球小僧』公式HPhttp://www.byakuya-shobo.co.jp/kozo/)でひっそり更新されていたコーナーです。

 編集部写真担当“撮っとこイノ太郎”が、『野球小僧』のドラフト候補選手名鑑やスカウティングレポート用に撮り歩いた写真を紹介します。

vol.247 ベーブ・ルースの野郎Baberuth_3   

 前回の常葉学園橘・庄司隼人投手を撮った帰り際、75年前――1934(昭和9)年にこの球場でプレーしたアメリカの[球聖]を、拝んできました。

 伝説のプロ野球選手に会いに行くでの苅田久徳さん曰く「ベーブ・ルースの野郎」。あの沢村栄治(写真手前)が投げ、0対1で敗れはしたものの、初めて日本がアメリカ相手に互角に戦った、伝説の地への訪問でした

2009年7月18日、草薙球場(静岡県)にて撮影

※このコーナーは隔週で水曜日近辺に更新いたします。

過去、このブログに掲載された【野球写真館】は→こちら
(右側の「カテゴリー」にもリンクがあります)

vol.188以前は→こちらからご覧ください


Ino●撮っとこイノ太郎(イラスト/横山英史)
 1968(昭和43)年、神奈川県生まれ。山羊座のB型で、最近聞かなくなった動物占いではコアラ。『野球小僧』編集部最古参の編集部員にして写真担当。硬式歴は皆無だが、一応右投両打。10年近く前、いろんな出会いに恵まれて『野球小僧』と関わり、現在に至る。02年末に生まれた可愛くて可愛くてしかたがない長女に加え、2006年には待望の長男も誕生した。2児の父となり、公私混同にますます拍車がかかりそうな、39歳。

2009-09-01

都市対抗野球大会はHondaが優勝

▼13年振りの日本一

090901chikugawa大会MVPにあたる「橋戸賞」を受賞した筑川利希也投手(Honda)

 今年の都市対抗野球大会決勝は、狭山市(Honda)豊田市(トヨタ自動車)という組み合わせ。日本を代表する自動車メーカー同士の頂上決戦は、Hondaが4対2で勝利し、13年振り2回目の優勝を決めました。

 橋戸賞に輝いたのは、今大会全5試合中4試合に投げた筑川利希也投手。東海大相模高校時代の2000年にセンバツ優勝投手となり、東海大、Hondaとエリート街道を歩んできました。東海大以降は故障との戦いもあり、一時期は1試合投げるとなかなか回復せず、リリーフ登板が多かった時期もありましたが、今年は先発中心に登板。この都市対抗でも大黒柱としての役割を十分果たしました。

 以前は速球派然としたピッチングスタイルでしたが、今年の投球は味があるというか、すっかり「社会人のエース」っぽくなったなぁと喜ぶ反面、ドラフトをメインとする雑誌の編集部としては「巡り合わせ次第でプロもあったがなぁ」という思いもあり複雑な思いがします。

 そういえば、決勝を投げ合ったトヨタ自動車・大谷智久投手もセンバツ優勝投手。その後早稲田大からトヨタ自動車とこちらもエリート中のエリートですね。ただ、大谷投手は報徳学園高校時代から制球の良さとクレバーな投球が評価されていましたから、今がその最終進化形態と言えるかも知れません。
 1998年に不定期刊行からスタートした歴史の浅い『野球小僧』ですが、この2人については高校時代から何度も取り扱ってきただけに、なにやら感慨深いものがあります。

      

Okappa_2校正を行う「下っ端編集部員・イケイケ池田」の後継者候補(?)の“おかっぱ編集部員”こと林編集部員(詳しくは次号の「読者専用席」をご覧下さい)。その先には次号の内容が…

▼次号『野球小僧』10月号(9月10日発売)にも社会人選手が多数登場

 さて、その9月10日発売予定の『野球小僧』10月号ですが、現在編集部では最終追い込み段階に入っております。

 ここまでくると、本当に最後の最後。行程的に、ライターさんからの原稿はよっぽどのことがない限りほとんどすべて集まっており、ページデザインがなされた「ゲラ」を校正している段階です。
 執筆したライターさんはもちろんのこと、編集部員全員で回しながらチェックをくり返し、必要に応じて2人ひと組で書かれている内容を声に出す「読み合わせ」も行います。
 こうした地道な作業は、印刷会社にデータを託すギリギリまでくり返されるのです。それでも…、これでもか! というくらいチェックをしても…、誤植というのは出てくるときには出てきてしまうからイヤになります。
 とはいえ、我々編集部員は毎回「誤植ゼロ」を目指して頑張るのみです! それは、毎回パーフェクトを目指そうとするピッチャーや、守備率10割を目指す守備職人の心境に近いような気がします。

 ま、いろいろ書きましたが、要するに次号の「ドラフト大特集」は気合い入りまくりっス! ということです。

 先ほどの決勝戦の両チームの選手についても、今大会大活躍だった長野久義選手(Honda)をはじめ、荻野貴司選手、中澤正人投手(トヨタ自動車)といった選手たちが、インタビュー記事に登場します。

 発売まであと少し。クビをなが~くしてお待ち下さい。

           

(編集部・田中)

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Podcast版 野球小僧

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