ベースボール・ディアスポラ(野球離散民)を訪ねて 根鈴雄次(徳島インディゴソックス)編
野球を求めて世界を巡る“放浪野球観戦”の第一人者・石原豊一氏による「ベースボール・ディアスポラ(野球離散民)を訪ねて」。
今回の主役は、海外のリーグを渡り歩き、最近では国内の独立リーグでプレーしている根鈴雄次選手です。根鈴選手においては、2003年春に刊行された『野球小僧』NO.14の「続々・外伝 野球に憑かれた男「絆」」~“成人”を迎えた日本大学野球部監督・鈴木博識の指導者生活20年」で、高校、大学時代のその特異な経歴が岡邦行氏による深みのあるノンフィクションとして詳しく綴られています。あれから約9年の年月が過ぎた今も、現役にこだわる野球人のレポートをお楽しみください。
ちょっと贅沢な草野球
2011年12月。色とりどりのユニフォーム姿の男たちが、寒風吹きすさぶ雨上りの利根川の河川敷のグランドに集まっていた。
「野球狂の会」。野球で身を立てるという夢をあきらめきれずに、海外の様々なリーグやや国内の独立リーグでプレーをする選手とそのOBからなる集まりである。プレーした国々を列挙したら世界地図ができてしまうほど、彼らは白球を追い続け、世界中をさまよい続けている。そういう放浪生活の中で、それぞれが互いの連帯意識を高めており、築き上げた絆は絶えることなく今も続いていた。
彼らはかつて所属したチームのユニフォームをまとい、この冬初めてやってきた寒波の中、ある者はオフシーズンに入って初めての、またある者は、何年振りかのプレーに臨んでいた。「ベースボール・ディアスポラ」たちの集うこのフィールドで行われている「贅沢な草野球」には、どこで知ったのか、数名の観客の姿もあった。
「おい、あれ誰だよ」
この日集まった選手たちがすべて互いを知っていたわけではない。マウンド上で小気味のいいピッチングを披露していた小柄な男に視線が集まる。オフシーズンとは思えない程切れのあるストレートと変化球のコンビネーションで現役の独立リーガーを次々に打ち取っていくその男は、すでに数年前に引退していた。
相原雅也。草創期の四国アイランドリーグを支えたエースである。2006年には17勝で最多勝のタイトルを手にするも、NPBという夢には手が届かなかった。
「最初から長くはいようとは思いませんでしたから」
そう微笑みながら、「プロ」生活を語った彼は、現在健康器具を扱う会社に勤めている。自分で決めた区切りの2年間をがむしゃらに走った彼は、その後、社会人クラブチームでさらに2年プレーを続けたが、ここでも後進にポジションを譲ってほしいという指導者の言葉を受けて、野球とはきっぱり縁を切った。
31歳になるその表情からは、現役時代の勝気な影はすっかり消え失せていた。
根鈴雄次の存在
相原のような、あきらめのいい男は、ここではむしろ少数派である。ベンチでは、来年のプレー先のいまだ決まらぬ若い選手たちが、あれやこれやと身の振り方について話し合っていた。
そこには、相原の投球を注視しながら、若者たちの話に耳を傾けている男もいた。彼らよりふた回り以上大きなその体は、彼らより上位のレベルでキャリアを積んできたことを物語っている。そして男は、現役選手相手に快投乱麻のピッチングを繰り広げる相原を惜しそうに見つめていた。男の年齢は、マウンド上の投手より7つも上であった。
根鈴雄次。四国アイランドリーグPlus・徳島インディゴソックスのスラッガーである。38歳という年齢ながら、2011年シーズンもリーグ6位の打率.344、4位の5本塁打と好成績を残し、チームの初優勝に貢献している。
そもそも彼の姿は、NPBのスタジアムどころか、メジャーのボールパークにあってもおかしくはなかった。実際、彼はその夢の舞台にあと少しのところまでたどりついている。そして夢をあきらめきれなくて、今、自身14チームめの球団で現役を続けている。
プレーできる場所があれば自然とそこへ行く。根鈴はそんな感覚でこの日もグラウンドに来ていた |
早々と自分に見切りをつけて第二の人生を歩んでいる相原を見て彼は何を感じているのだろう。人にはそれぞれ人生があり、それぞれが自分でその道を歩んでいる。それは、そうなのだが、あきらめの悪い、この男の歩んできた道には、なにか格別の味があるような気がしてならない。彼の歩んできた道を知れば、多くの人は、「なぜ」と思うだろう。その答えは、彼のユニフォーム姿を見ればすぐにわかる。根鈴は心底野球が好きなのである。それだけであった。
この試合を主催した独立リーガーは、はじめ彼に声をかけるのをためらったという。自分たちと格の違う根鈴が、シーズンオフにまさか河川敷の草野球まがいのゲームに参加してくれるはずがないと思ったからだ。
しかし、これを聞きつけた根鈴は、
「どうして声かけてくれないの!」
と、自ら参加を申し入れたという。短期間でつぶれたカナダプロ野球リーグ時代のユニフォームを身にまとった根鈴は、グランドに現れると若い選手に交じって早速キャッチボールをはじめ、ノックバットを手にした。
試合でも自らマウンドに立ったその姿は、野球少年そのものだ。彼は、職業としてというのではなく、根っから野球が好きなのだろう。このことは、彼にプロ意識が欠けているということを意味しない。芸人でも、普段の生活から話好きで、テレビで見るのと変らない者もいれば、トークは仕事と割り切って、プライベートではまったく別人の無愛想な人もいる。プロ野球選手としての根鈴は、芸人で言えば前者に当たるだけなのだ。
ともかく、彼は野球をするのに場所を選ばない。メジャーの入口に片足を突っ込んだ男が、日本のプロ野球どころか、アマチュア球界でも一流どころから相手にされなかった独立リーガー相手に、からっ風が吹きすさぶ河川敷で硬式とは言え、草野球をしている。
「好きな野球ができれば、どこでもいい」
この彼の姿勢は、これまで歩んできたプロ野球選手としてのキャリアが大きく関係しているのだろう。かつて、野球のエリート街道を歩んできたこの男は、「大人の世界」がつくった環境の変化に翻弄され、その道を踏み外した。そして、野球を求めてこれまで実に5つの国境を越えてきた。
《続く》

プレーできる場所があれば自然とそこへ行く。根鈴はそんな感覚でこの日もグラウンドに来ていた






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