カリビアン・ウィンターリーグ紀行《プエルトリコ編》」 -番外編-
『野球小僧』4月号に登場した「カリビアン・ウィンターリーグ紀行《プエルトリコ編》」読んでいただいたでしょうか?
「流離いの海外野球放浪観戦者(?)」こと石原豊一さんによる海外野球紀行は、「イスラエル野球紀行」、「メキシコ・ウインターリーグ紀行」、「ニカラグア野球紀行」など、当ブログでいくつも公開され、すっかりおなじみとなっています。その流れから、昨年末に行かれたプエルトリコの野球紀行文が4月号で掲載されるに至りました。
今回はその番外編として、誌面に掲載しきれなかったエピソードをご紹介します。
なお、5月10日発売の『野球小僧』6月号では、続編として、プエルトリコからその足で訪問したドミニカ共和国の紀行文を掲載します。題して「カリビアン・ウィンターリーグ紀行《ドミニカ編》」です。そちらの方も、ご期待ください。
それでは、今回の番外編をどうぞ!
▼石原豊一さんの過去記事のリンクはコチラ
海外紀行編
①イスラエル野球紀行 →http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat2140867/index.html
②メキシコ・ウインターリーグ紀行 →http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat82358/index.html
③ニカラグア野球紀行 →http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat4323204/index.html
独立リーグ編
⑥北信越BCリーグ観戦記(北信越BCリーグリンク内) →http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat588962/index.html
⑦長崎セインツを救え(四国・九州アイランドリーグリンク内) →http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat81718/index.html
ベースボールディアスポラ(野球離散民)を訪ねて(⑧前田勝宏編、⑨高橋建編)
→http://kozo.weblogs.jp/kozo/cat5680355/index.html
▼知られざるウィンターリーグ~プエルトリコ番外編
プロ野球2010年シーズンも開幕した。今年も巨人のエドガー・ゴンザレスを筆頭に、ラテンアメリカからたくさんの助っ人が新たに日本球界に身を投じる。彼らの多くは、メジャーリーグのオフシーズンに行われるウィンターリーグでの活躍が認められて、日本プロ野球との契約にこぎつけている。そのことは、毎年この季節になると新聞上などで、ファンに知らされているが、実のところ、報道する側もこのリーグについての知識は乏しいようで、チーム名その他、時折誤った記述がなされていることもある。
世界の野球を見つめ続け、『世界野球選手名鑑』というおそらく世界で唯一のワールドワイドな野球名鑑を毎年発行し続けている『野球小僧』のライターとして、この状況を捨ておいてはいけない。
なんとか日本の野球ファンにこのタレントの宝庫を紹介したいと、この冬も筆者はカリブ海へと飛んだ。
12月23日 アレシボ
アレシボは、北海岸中部に位置する。昨夜観戦した町、アグアディージャを朝一番、7時に出発した乗り合い自動車・プブリコは、この町を経由せず、途中で降りる羽目になった。別の車をつかまえてたどり着いたこの町は、すっかり寂れていて、セントロに唯一あるホテルは、他の町と同じく下宿屋に替わっており、旅人を受け入れてはくれなかった。
島中から若者が米国本土に出稼ぎに出るプエルトリコにあって、地方都市の衰退は著しく、この町の中心からはすっかり若者の姿がなくなっている。
「みんな郊外かサンファンに出て行ってしまったよ。すっかり年寄りの町になってしまった」
事務所を訪れると、アレシボ・ロボスのオーナー、クルス・ベンザン氏が出迎えてくれた |
町にあったベースボールカードショップの老店主は、品薄をわびながら、首都のショッピングセンターに行けば、この島出身の選手のカードが並んでいると教えてくれた。
スタジアムには、かつてのドジャースで活躍した、ルイス・オルモの名がつけられている。事務所を訪ねると、オーナーのクルス・ベンザン氏が出迎えてくれた。
この町に球団ができたのは、1961年のことだという。チーム名の「ロボス」は、狼の意味である。かつて大洋ホエールズで首位打者を獲得したフェリックス・ミヤーンが指揮をとったこともあるこの球団は、2005年に球場の賃貸料交渉が決裂してこの町を去ることになったが、2008-09年のシーズンに戻ってきた。頻繁に繰り返すフランチャイズの変更は、不入りに悩むプエルトリコ野球の現状を反映している。
プエルトリコ初の日本人選手は、実はこのチームでプレーした。マリナーズやオリックスでプレーしたマック鈴木が1997-98年シーズンをここで過ごしている。
彼に関する裏話をオーナーが披露してくれた。
プエルトリコにやってきたマックは、労働ビザを持っていなかったらしい。マイナーや独立リーグでは、実のところ、こういうケースは珍しいことではないそうだが、トラブルを恐れた球団は、彼との契約書の金額欄に「1$」と書き入れ、彼のリーグ参加を事実上「労働」ではないとしたという。オーナーはウィンクして右手を机の下に回した。無論ギャラは裏で支払ったという意味だ。
オーナーズルームにいたユニフォーム姿の男は、コーチをしていると言った。親日家らしく、なにかと話しかけてくる。選手としては大成せず、2A度止まり。4年前に現役を終えたそうだが、99年に在籍していた独立系のフロンティア・リーグに在籍していた時、テレビの企画で選手として参加していたタレントの松村邦一さんとルームメイトだったという。
「マツムラ元気かな?」
人懐こい笑顔を見せながら、現役時代唯一テレビに自分の映像が流れたときのことを想い出していた。
この日の先発は、元ダイエーのヘクトール・メルカド。彼も他の多くのプエルトリカン同様、現役メジャーリーガーとして期待されて来日したものの、満足いく成績を残すことはできなかった。
メルカドは人物的には実に親切で、私にも何かと世話を焼いてくれた。また、この夜は投球もまずまずで、序盤は鋭く縦に曲がるスライダーと、これと同じ軌道で落ちるチェンジアップでロボス打線を翻弄、先発としての役割を果たし勝利投手になっていた。
コーチのイバン・クルーズ。阪神、中日などでプレーした経験をもつ |
それにしても、この国のプロ野球は実にのんびりしている。試合中もカメラマンはフィールドに残ってベースコーチのすぐ後ろで撮影している。
一塁ベースコーチは、イバン・クルーズ(元中日、阪神)。試合前からなにかとちょっかいをかけてくる陽気なプエルトリカンだ。プレー中もている。プレー中のフィールドでも審判と雑談に興じ、このカメラマンやランナー、はては敵チームの野手と無駄話をしている。
私が15年前、メキシコで野球を見たときも、試合中のフィールドでマイク片手に実況していたラジオアナウンサーを見てたまげたものだが、いいにつけ悪いにつけ、彼らは大らかだ。
オーナーら経営者と選手、ファンとの距離も近く、その家族的な雰囲気的は、日本や北米の独立リーグのそれに似ている。ラテンアメリカでは、クリスマスイブとクリスマス当日は完全休養日で試合がないのだが、この夜はクリスマス前最後の試合ということで、オーナーからのプレゼントとして試合後、パーティーが催された。
客の去ったスタンド下の通路にはテーブルがしつらえられ、豚の丸焼きをメインディッシュにした料理がふるまわれた。選手はもちろん、球場スタッフから、売り子までチーム運営に関わっている者は皆招待されている。オーナーのチームに対する愛情がにじみ出たような、素朴だが、こころ温まる宴だった。
この夜は遅くまで、メレンゲのバンド演奏が球場に響きわたっていた。
<終>
■石原豊一(いしはら・とよかず)
1970年生まれ、大阪府出身。圧倒的な行動力で、これまでアジア、アメリカ、中南米、ヨーロッパなどを渡り歩く「流浪の野球好き」。すでに世界各国200を超える球場で野球を観戦している。09年末にプエルトリコ、ドミニカのウィンターリーグを観戦。『野球小僧』4月号や『野球小僧世界野球選手名鑑』(ともに発売中)にて、そのとき得た情報を記事にしている。次号『野球小僧』6月号では、ドミニカ共和国を訪問した際のエピソードが掲載される予定。

事務所を訪れると、アレシボ・ロボスのオーナー、クルス・ベンザン氏が出迎えてくれた
コーチのイバン・クルーズ。阪神、中日などでプレーした経験をもつ
激戦を制して、2位を確定させたチナテンガ・ティグレスベンチ
大一番を前に外野席まで埋め尽くされたマサヤスタジアム
ニカラグアリーグの主役。人気抜群のピート・ローズJr
熾烈な首位打者争いを制したオフィリオ・カストロ












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