スタ・ミシュラン(第3回・韓国編)
世界各国のスタジアムを巡っていると、行く先々でうまいものに出会う。それは球場の中のスタンドで焼かれているホットドッグであったり、球場前の屋台飯であったりする。「流離の野球観戦者」としてこれを紹介しない手はない──。
不定期で各地の野球を巡るグルメを紹介していく「スタ・ミシュラン」。「スタ」はもちろんスタジアムの「スタ」である。球場グルメに限らず、野球を巡る旅の途中で巡り合った様々な食べ物、店を紹介していこう。
ひと昔前まで、韓国での野球観戦と言えば、カンビール片手にスルメをかじるというのが定番だった。
薄暗いスタンド下の売店には裸の干し烏賊が無造作に積まれ、観客たちはその横にある炙り機を使って自分で買ったものを炙ってスタンドに持ち込んでいた。球場めしと言えば、この他、唐辛子の効いた真っ赤な出汁になぜか薄い黄色のたくあんが入ったうどんくらいしかなく、あとは球場の周りの屋台で仕入れた韓国海苔巻やなぜか韓国人が好むフライドチキンをほおばるくらいしかなかった。
閑散としたスタンドに響く球音の中、これらのB級グルメを口にしながらの観戦は、日本の昭和のそれそのもので、特に今からは想像もできないくらい不入りだったパ・リーグの球場を思い出させた。
しかし、それも昔、今では韓国プロ野球もファンの呼び寄せに苦労した甲斐あって、毎夜たくさんの観衆を集めるようになっている。特に2度にわたるWBCでの健闘や北京五輪の優勝は、野球ファンのナショナリズムを刺激し、野球は今やサッカーに劣らない「国民的娯楽」と化している。10年前は考えられなかった女性ファンも急増し、子供ファンを加えた新規の顧客をつなぎとめるため、球場の「食」も年々充実していっている。
この国一番の設備を誇るSKワイバーンズのホーム、仁川文鶴球場のゴンドラ席にはスタジアムバーが完備され、そこからは地元名物の「ジャージャー麺」をすすりながら生ビール片手に観戦できたりするほどになった。
今回は、そんな韓国プロ野球から、リーグ屈指の人気球団、ロッテ・ジャイアンツのホーム、サジク球場のグルメを紹介したい。
地下鉄「総合運動場」駅から歩いて7分程の球場までの道は、試合前になると多くの出店が繰り出される。世界中でプロ野球がビジネスとしての色合いを年々強めている昨今、球場のすぐ傍での出店は、球場内での売り上げを伸ばしたい球団の意向もあって締め出される傾向にある。韓国もこの例にもれず、球場のある公園の敷地内では出店も売り子も目にすることはないが、駅からの道中は別。たくましいコリアン商人たちがビールや水、つまみを売るため、大声を張り上げている。
特に目立つのは、やはりフライドチキン。韓国の野球観戦にはこれは欠かせないようだ。油の採りすぎが気になる女性ファンの需要を見込んでか、中東などで目にするベーキングマシンを導入した丸焼きも今回は目にした。
球場内も負けてはいない。今や韓国の球場には必ずといっていいほどスタンド内にコンビニが出店している。無論、球場外に比べると少々値が張るが、道端の出店と変らない値段で、スナックからサンドウィッチ、飲み物が手にはいる。このあたりは日本も大いに参考にすべきだろう。
スタンド下の売店の数は、10年前とは雲泥の差だ。さすがにデパ地下をほうふつとさせるような日本の球場と同じレベルというわけではないが、ホットドッグやピザの売店が並ぶスタンド下の通路は、いかにもボールパークの雰囲気を醸し出している。
韓国・釜山のスタジアムで異彩を放っていたドネル・ケパブの店。店先に吊るされている肉の塊は日本でも見かけることがある |
そんなサジク球場の球場グルメのうち、今回紹介するのはコレ。ワールドスタンダードのホットドッグでも、コリアンフードでもない。
ドネル・ケバブ。
何それ? という人も多いだろう。何しろ野球とは何の縁もゆかりもない中東の料理なのだから。クレープのような生地にじっくり焼いた羊や鶏の肉と付け合せの野菜をのせて巻いたやつだ。東京や大阪など大都市の繁華街でときおり屋台を見かけるが、あれがなぜかここ韓国の球場に登場しているのだ。
店頭にはトルコから来たと言う2人のおじさんが大声を張り上げている。日本でも出店していたという2人は、一つ所望した私に「アイスクリームもアルヨ」とあのゴムのように伸びるトルコ・アイスも勧めてくる。こちらの方は遠慮して、一つ3500ウォン也のケバブをいただく。中東で食べるほどスパイスの癖もなく、かといって韓流の辛い味付けもなく、実にプレーンな味だ。
星をつけるなら、どうだろう? うまいことはうまいが、もう少しパンチが欲しいという点で、2つ半というところだろうか。
試合中もオジサンたちは、これの入った籠を片手にスタンドを売り歩く。野球場にはおよそ似つかわしくない(失礼)彼らのイスラミックな顔立ちはすでにサジクの名物になっており、買うのか買わないのか、観客たちは彼らを見つけるとハイタッチを繰り返す。彼らは彼らで目の前で展開されているなんだかわからないゲームを尻目に、流暢な韓国語を操って客を呼び寄せる。
WBCに象徴されるように、グローバルな拡大を今まさに進めている野球だが、ここプサンの風景は、野球の拡大が競技そのものや選手の移動範囲、獲得網の拡大だけではなく、食文化の面においても影響を及ぼしていることを示していた。
来る度にあらゆる面においてリノベーションの進む韓国プロ野球。だが、その一方で少々さびしい気もする。これは韓国全体に言えることだが、急速な発展の裏で、韓国独自のローカルなものがどんどん失われているように思うからだ。
応援に盛り上がる観客たち。日本とはまたちょっと違う雰囲気を作り出している |
ソウルやプサンの駅前に並んでいた海苔巻の屋台は、数年前からすっかり姿を消していた。駅のホームに店を構えていたあの真っ赤な出汁のうどん屋も、新しい近代的な駅舎からはしめ出され、「日流」のこぎれいなうどん屋にとって替わられていた。
ここ10年ほどで、韓国のスタジアム環境は急速に“改善”され、新しい球場のそれは日本と変らないものになってきている。それはそれでいいのだが、私には、いまや売店の片隅に押しやられた形になっているスルメの方も大事にしてほしいと思う次第である。
スタンド下から立ち込めるスルメの焦げたにおいには、我々日本人が置き去りにしていった何か大事なものがつまっていたような気がする。
■石原豊一(いしはら・とよかず)
1970年生まれ、大阪府出身。圧倒的な行動力で、これまでアジア、アメリカ、中南米、ヨーロッパなどを渡り歩く「流浪の野球好き」。すでに世界各国200を超える球場で野球を観戦している。


応援に盛り上がる観客たち。日本とはまたちょっと違う雰囲気を作り出している
シドニー・ブラックタウンのスタジアムで食したミートイパイ。本家アメリカはもちろんのこと、日本の球場でもあまりないだろう
店内にはプロアマ問わず、様々なユニホームや野球に関係した品物が飾られていた
特に阪急ブレーブスに関する品物は群を抜く。それもそのはず。この店は…
現在は2人の息子さんによって「硬派な野球飲み屋」の雰囲気がしっかり引き継がれている






![: 野球小僧remix プロ野球[外国人選手]大事典 (白夜ムック)](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51gYLFnHP9L._SL75_.jpg)


